日別アーカイブ: 2013/06/04

数字の「三」

きょう日本大学第一中学・高等学校で、教育実習生の研究授業を観た。文理学部から8名が実習生としてお世話になっている。校舎は両国駅のそばで、江戸東京博物館の敷地をぬけたところにある。

参観したのは、中学1年の国語で吉橋通夫の小説「さんちき」の授業である。下町の雰囲気がある学校ですよ、と教頭先生が言う通り、なんとも活気のある生徒たちだから、その勢いをもらって実習生も生き生きと授業している。

小説の舞台は、幕末の京都。尊皇派、佐幕派が血なまぐさい争闘を繰り広げているころの話だ。祇園祭の山鉾をつくる車大工の弟子・三吉が主人公である。三吉がはじめてつくった車の「矢」に、こっそり名前を彫るのだが、間違って「さんちき」としてしまう。これがタイトルの由来である。

授業をきいているうちに、そうだ、うちの先祖にもたしか「三吉」がいたなあ、一吉、二吉でなく、なんで三吉という名前なんだろう、とあらぬ方に連想がはたらいて止まらなくなった。

家に帰って過去帳をみたら、先祖の三吉は、天保8年(1837年)に亡くなっている。大塩平八郎の乱がおこった年だ。過去帳に記載のある三吉はこの人だけだが、三十郎と三之丞がそれぞれ4人いるところをみると、江戸時代の中期頃から当主の名前にはすべて「三」がついているようだ。これが明治以降になると、祖父・純一郎のように、名前のつけかたががらりと変わってしまうところが面白い。

子どもの頃、不思議に感じていたことが二つある。ひとつは、屋号の「かぶら」の由来で、これはいまもって謎である。もう一つは、椀や膳などの什器から、鍬や脱穀機などの農具にいたるまで、わが家の道具類にすべて「山印の下に三」の文様が描かれていたことで、これは母親から先祖が代々「三」のつく名前を名乗っていたからだと、聞いた。

では「三」という数字が意味するものはなにか。白川静『常用字解』をみたら、こうあった。「〔説文〕に一は天の数、二は地の数、三において天地人の道が備わるとする。三は天地人の数として聖数とされ、その名数(同類のすぐれたものを、三・五・七などの数をつけてまとめて呼ぶ言い方)の数は千数百にもなるという」。そして用例として、三金、三光、三代、三世代、三筆があげてある。

なるほど、これが手がかりの一つかと思う。ただ、たったこれだけのことを調べてみようともしなかった自分の迂闊さに、自分で驚いた。教育委員会が整理した「渡部周一家文書」を繙くほどの余裕はないが、それでもこれを機会に家の歴史を少しあたってみようか、と考え始めている。