ウェストエンドの劇場

ここでは4つの劇場の看板がみえる

ロンドンのウェストエンドの劇場密度の高さにはいつも感心する。ちょっと歩けばかならず劇場の前にでるし、一枚の写真のなかに3つの劇場がうつりこむ場所もある。観光客が手にするパンフレット「ショー・ガイド」には、ビクトリア駅やウォータールー駅あたりの劇場をふくめて48館がリストされていて、そのうち41館が上演中となっている。

「マウストラップ」の60年は別格の長さだが、ほかにも「レ・ミゼラブル」(27年)、「オペラ座の怪人」(26年)など超ロングランの舞台がいくつかあり、それを誇って、劇場の看板に数字を掲げている。

作品の面白さ、装置や演出の卓抜さ、俳優のレベルの高さなどだけでなく、英語であること、世界中の旅行者を相手にしていることなど、さまざまな条件が重なってこの密度になっている。これだけ劇場があると、大ヒット中の作品は別にして、たいがいの演目は当日でも切符が手に入る。その気安さも劇場の敷居を低くしている。

ロンドン通いもそれなりの年数になる。ただ、芝居だけをみにくるわけではないので、私が入ったことのある劇場の数は、せいぜい15か16かと思う。それでも、歴史やたたずまいが劇場ごとに違うから興味はつきない。ことにミュージカルの場合がそうだが、どこでも共通して感じるのは、劇場側の「楽しませよう」、観客の「楽しもう」という姿勢が徹底していることだ。

いつだったか、ロンドンでいちばん古い劇場というロイヤル・ドルリー・レーンのバックステージ・ツアーに参加したことがある。順路のところどころで役者の扮装をした説明役が出没するのはご愛嬌としても、見学者にまで芝居をさせてしまう。経路がロイヤルボックスの裏にある控えの間まできたときに、なぜか王様役に指名され、玉座にこしかけて俳優をねぎらう演技をやる破目になった。

立体的な広告がこの劇場の特徴になっている

芝居をみにいくと、かなりの確率で、隣に同年代の男性がすわる。私とおなじで、ほかに連れのいないひとだ。両隣のことも少なくない。日本では気になったことがないので、これは劇場側の配慮ではないのか、といぶかっている。

きょうパレス・シアターに「雨に歌えば」(ムービー・ミュージカルというジャンルらしい)を観にいったが、やはり隣に同年代のひとがいる。ロスからきたというその男性に、いつチケットを買ったのかたしかめて、私の3時間あとだとわかった。それで配慮のことが、だんだん私のなかで確信にかわりつつある。

舞台を掃除する様子も観客にみせる

その「雨に歌えば」だが、休憩の直前とカーテンコールのときの2度にわたって、天井からものすごい量の雨がふる。水浸しの舞台で、ずぶぬれの役者が、映画でジーン・ケリーが歌ったあの主題歌を歌い踊り、ついでに観客席にむかって盛大に水をけちらかす。

観客は大パニック、そして大喜び。7列目の席にいる私のひざが濡れたほどだから、2列目のシスターふたりなどは相当に水しぶきをあびている。でも嬉しそうだ。

芝居がおわると、退出する観客の列から主題歌を口ずさむ声がいくつも聞こえてきて、それが街の雑踏にきえていった。

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