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エディンバラ・フェスティバル

シャルルドゴール空港から2時間でエディンバラについた。33年ぶりだが、意外なことに、町の印象が若いころうけたのとそれほど違わない。

ホテルの窓から市街をのぞむ

この30年でいちばん変ったのはどこかとご当地生まれのタクシー・ドライバーにきいたら、初老の彼が少し考えてから、大きなビルが増えたことではないか、といった。「ほかのまちのことは知らないが、50万人はほどよい規模だし、空港に送迎するお客たちもいいまちだというからきっとそうなんだと思う」と続ける。そうきいて、新市街にあるホテルの窓から周辺を一望してみるが、いわゆる高い建物というのはみあたらない。

寒さも相変わらずで、街ゆく人はおしなべて黒っぽい防寒具をきている。前回は、エディンバラ大学の寮でヒーターをつけて眠ったが、今回も冷たい雨続きである。

旧市街を歩いていたら、雷鳴とともに雹のまじった豪雨がきた。雨宿りした店先のトラックの屋根が真っ白に水しぶきをあげる。荷台では、坊主頭にジャンパーの若者がビール樽をうごかしながら「これがスコットランドだ」とこちらにむかって叫ぶ。10分ほどたつと、嘘のような小雨になった。

ホテルでも、大学でも、パブでも人々は飾り気なく親切である。目立って変ったのは、中国の観光客と中国語のガイド・ツアーがふえたことだろうか。

雨のなかでも入場券をもとめる列が

さすがは数十万人をあつめるエディンバラ・フェスティバル。無料で配布している「フリンジ」の冊子が300ページ(A4判)あり、そのうち140ページ分がコメディーだ。

私は「インターナショナル・フェスティバル」の冊子で、「ジュリアード・ダンス」を選び、それをエディンバラ・プレイハウスでみた。ニューヨークからきた20人ほどのジュリアードの学生が、よく訓練された切れの良い動きをみせる。

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めだつのは年配者わけても女性の観客である。前列にオックスフォードの学生がいて、彼の場合はいかにも両親につきあっています、というクールな雰囲気をただよわせている。この日の観客は、おそらくロンドンの劇場にストレート・プレイをみにくる観客の年齢層にちかいはずだが、芝居のときとは反応がちがい、会場は熱狂の渦である。

週があけたら、フェスティバルは一気に片付けモードになった。断続的な雨のなかでおこなわれる作業に“祭りのあと”の風情がある。街角のフェンスや壁に整然と貼られたポスターが撤去され、ジョージアン朝の住宅が並ぶシャルロッテ・スクウェア、エディンバラ大学の建物がかこむジョージ・スクウェアの仮設テントも解体された。

列車でロンドンのいつもの宿にくるのに5時間以上かかった。やはり遠いまちである。それでもエディンバラの印象が33年前とさして変わらないのは、町そのものの変化よりも、この間の私自身の内面の変化の方がずっと大きかったからではないか、と思えてくる。

A. クリスティーの「ねずみとり」を観る

セント・マーチンズ劇場(これは2012年の撮影)

ロングランにはそれなりの理由があると感じたのは、ロンドンのセント・マーチンズ劇場で「ねずみとり」を観たときだ。記録的なロングラン芝居だと知ってはいたが、「まあ、こんどきたときにでも」と先延ばししているうちに年を重ね、北京オリンピックの年にやっとその機会がきた。

この年の夏に、デボン州のトーキー博物館で「日本におけるアガサ・クリスティー」と題する講演を依頼されたから、せめて現地入りする前に観ておこう、と思い立ったのだ。

ロビーで開演を待つ間、プログラム売りの青年と立ち話になった。「日本からいらしたんですか?」と親しげに話しかけてくる。きちんと髪を整えた精悍な印象の若者で、聞けば合気道を習っていたことがあるそうだ。言葉のはしばしに日本びいきの雰囲気を漂わせている。

この芝居、とくに人を驚かせるような趣向はないが、原作のストーリーに忠実でとてもわかりやすい。なるほど、これなら大衆受けするだろう。テレビの「水戸黄門」をみているような安心感がある。

詳細は原作にあたっていただくとして、宿を経営する若い夫婦が、殺人事件が起こった日のお互いの行動を知らなかったことから、しだいに疑惑を膨らませていくところが物語のポイントである。

そして大詰め。いよいよ謎解きの場面になる。ところが、女主人公の大詰めのセリフをきいて、思わず椅子からずり落ちそうになった。彼女が、謎解きのカギとなる品物「ハバナの葉巻」を、だれにもはっきりわかる発音で「日本製の葉巻」といったからだ。

おそらくロビーで会ったくだんの若者から当日の観客の情報が楽屋に届き、それを受けて、女主人公のたった一言のセリフ「日本製の葉巻」になったのだろう。そのルートを想像しただけで、観客としては嬉しいではないか。ストーリーから離れたアドリブのサービスとは違う、なんともスマートなサービスである。

その後は、あっという間のカーテンコール。一人の役者が進みでて「どうぞみなさん、(ミステリーですので)ここで起こったことは、口外なさいませんように」とスピーチして、観客がドッと笑った。

デボン州の海

ところで、頼まれた講演の方だが、トーキーは、“イングリッシュ・リビエラ”と呼ばれる一大観光地で、ひとも知るクリスティーゆかりの土地である。博物館の展示の目玉もクリスティー関連のものだ。

旧知のニーランズ教授(ウォーリック大学)から「土地柄、クリスティー・ファンが多いから、どんな質問がでるかわからない。気を付けた方がいいよ」とアドバイスされていた。しかも、レセプション会場につくと、クリスティーと関わりのある年配の紳士・淑女が何人も挨拶にくるではないか。

そんなこんなで、話しだす前は、さすがにちょっとナーバスになった。ただ、テーマの気安さと、会場の雰囲気のあたたかさに支えられて、さしたる手傷を負うこともなく切り抜けることができた。

夕暮れのブリクサム

 

 

秋田高校で「真夏の夜の夢」を上演する

劇場をでるエリザベス女王

私の生涯の楽しみの一つは、アンサンブルの醍醐味を味わうことである。子どものころに熱中したテレビ番組がミッチ・ミラー合唱団の「ミッチと歌おう」で、男声合唱の魅力に惹かれて秋田高校の合唱部に入ったが、秋校合唱部のリーダーシップは女性陣がとっていた。

2年生のとき、彼女たちが秋の文化祭で「真夏の夜の夢」をオペレッタ形式で上演するといいだした。大ごとである。全校生徒が県民会館で文化部の発表を観るプログラムがあるから、学校祭でオペレッタを上演するということは、とりもなおさず1500人の観客の前で歌いかつ演じることを意味するのだ。

脚本はシェークスピアのものをアレンジし、歌唱部分はイタリア歌曲集に収載されている「はかなきは愛のよろこび」「カロミオベン」などの曲をそのまま使うのだという。いささか唐突な取り合わせだが、そうした簡便なスタイルでなら上演できるのではないか、ということになった。

問題は配役である。恋の駆け引きをするディミトリアスでもライサンダーでもなく、妖精パックの役が私にふられたのだ。パックは舞台回しをになう重要な役柄だが、なにしろ軽快に歌いかつ踊る自分の姿がまったくイメージできないのである。困惑の極みというほかない。ただ、冷静になってみれば、いくら私がロマンティックな気質を内に秘めているとはいえ、小柄で丸顔という容貌からしてあながち見当はずれの配役ともいえない。そう考えて不平を飲みこむことにした。

文化祭の当日、楽屋で演劇部の顧問に生まれてはじめてドーランを塗ってもらうと、舞台の袖の暗がりで出番をまった。床板を踏む白タイツの足元がふわふわ軽くて心もとないが、瞬く間に出番がきてしまったから、「ええい、ままよ。」とばかり明るい舞台に飛び出した。中央に進みでてクルクル回転したあと、そのままソロで歌いはじめる。

ふと気がつくと、驚くほど冷静に観客の反応を観察する自分がいた。いったん腹を括ったせいだろうか。舞台から薄暗がりにいる生徒の顔がはっきりみえるし、「あれ、渡部じゃない?」とひそひそ声で評定する同級生の声も耳にとどいた。

演技の出来ばえは不明だが、そう不評ではなかったようだ。舞台写真も撮らなかったし、タイツ姿を鏡に映してじっくり眺める勇気もなかったから、いまとなっては自分の姿が遠い記憶のかなたに霞んでいる。

その後の人生をみると、このオペレッタ上演と同様、女性陣がリーダーシップを発揮する場所にずっと身を置いてきたことが分かる。獲得研も活発に研究を進める会員の半分が女性だ。児童会・生徒会などほとんどの場所で男子がリーダーシップを発揮する時代だったことを考えるにつけ、文化祭での経験は示唆的なものである。

シェークスピア劇場

昨年の3月、リニューアルしたばかりのロイヤル・シェークスピア劇場で「ロミオとジュリエット」を観た。前日にエリザベス女王が観たのと同じ演目で、主人公たちは「ウェストサイド物語」をおもわせる衣装で舞台を疾走する。

観劇のついでに「真夏の夜の夢」が初演されたという場所を訪ねてみたが、なんの痕跡もみつけられなかった。ただ、40年前に県民会館の舞台の袖で感じた開演直前の気分だけが、まざまざとよみがえってきた。

シェークスピアの住居跡から劇場をみる