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冬支度4

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なかなか段取りがあわなくて、帰省が遅れているうちに、とうとう雪が降ってしまった。11月24日(木)は、東京で54年ぶりとなる積雪に振り回されたが、その翌日の金曜夕刻に秋田入りし、ようやく土曜日に冬支度の作業ができた。

ここまで帰省が遅れるのは珍しい。庭がうっすら雪に覆われ、軒下にも屋根から滑り落ちた雪がかなり積もってしまっている。ただ、天気が晴れたので、作業そのものに支障はない。

秋の作業はいつも垣根の手入れを主にしている。屋敷の北側の道路に面したユキヤナギの垣根がすっかり落葉して、まるで柴垣のような具合になっている。そのかわり、冬枯れた景色のなかで、ガマズミとムラサキシキブの実が、一入鮮やかに、光沢のある輝きをみせている。

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今回は、入院明けの作業を心配して、千葉から妹が参加してくれた。彼女も日ごろから、自分で庭木の手入れをしているので、さすがに手際が良い。二人で手分けをすると、いつもの倍以上のスピードで仕事が進む。

ニュースでみていると、秋田の天候は、前日の金曜まで雨や雪ばかり、日曜からはまた雨や雪の予報がでている。「作業をするならこの土曜日しかない」という貴重な一日にたまたまぶつかったことになる。

もうひとつ驚いたのは、日曜の朝の便から夕方の便まで、東京方面行の秋田新幹線がすべて満席だったことだ。緑の窓口の人によると、この混雑は、吉永小百合さんが宣伝している「大人の休日倶楽部」の影響らしい。私は、絶妙なタイミングで指定席券の「最後の一枚」を入手し、なんとか無事に帰京することができた。

そんなこんなで、今回は二重にラッキーな帰省になった。

庭石

秋田の実家の庭は、池のない平庭である。東西にそれぞれ築山がつくってあるが、まあ、ほとんど平べったい庭といってよい。

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景色に変化をつけるためだろう。あちらこちらに庭石が立っている。ただ、庭石が屹立しているわけではなく、どれもいくらか地面に埋まっていて、あたかもそのままもとの自然に帰ろうとしているかのような風情である。

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庭石はことごとく丸っぽい形状で、力みのない、自然体の雰囲気をもっている。名石などというものからはるかに遠く、穏やかな印象の石ばかりだから、見ようによっては、道端の道祖神のように見えなくもない。

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これらの石を眺めていると、わたしは先祖の人たちの美意識になんとなく近しいものを感じる。

いったい庭にいくつ石があるのか定かではないが、今回も植込みのかげで、すっかり苔におおわれ、地面のもりあがりとほとんど区別がつかなくなっている大きな石をひとつ発見した。

白い花

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秋田の実家に帰省しても、花の盛りにでくわすことが滅多にないのだが、今回は珍しくニセアカシアの満開の時期にぶつかった。青空を背景に、白い花房がキラキラ輝いている。

咲き残りのユキオもかろうじてみることができた。垣根のユキヤナギもそうだが、わが家の場合、春から夏にかけて、花といえば圧倒的に白い花が主流である。

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屋敷の周囲をむやみに丈の高い樹木がとり囲んでいるせいで、母家のたっているあたりが、ポカンと開けた、ちょっと広い陽だまりのような環境になっている。

おそらくそれが気に入って、野生のキジがここに居所をさだめるようになったのだと思う。白いユキオの刈込のあいだを、頭部の赤いオスがゆうゆうと歩いている。ときどき姿をみせるだけの私などより、どうも自分のほうがこの屋敷の主だと思っているふしがある。

風のない静かな昼下がり、四方の窓をあけはなして畳のうえで昼寝をすると、いっとき、都会では味わうことのできないような、せいせいした気分を味わうことができる。

 

冬支度 3

生家の垣根の半分がユキヤナギとあって、開花期ともなると、ほわほわっとした白い壁が出現する。ただ、10年前はみるも無残な姿だった。大雪で垣根全体がペシャンコになってしまったのである。もうダメかなあ、といったんはあきらめかけたのが、植物の再生力というのはすごいもので、支えを施したらみごと数年で元に戻った。

この一件があってから、心なしか植物の多様性が増した気がする。ガマズミなどいろんな植物がユキヤナギに混じるようになり、剪定していると山椒の良い香りもしてくる。手抜きと言われそうだが、混植の垣根というのも、これはこれで面白いと思う。

垣根のもう半分はヒバである。ヒバの垣根は緑一色だから、まったく愛想というものがない。ただ、ヒバは強い刈り込みにも耐えるし、なにしろ手入れが楽だから助かる。

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時間の節約もかねていろんな庭道具を使う。今回の道具はこれ。“枝打ち一発”は、なんと5メートルの高さまで伸びて、しかも切れ味抜群、使いこなすのにちょっと腕力がいるが最近のヒットだ。

庭の手入れをしていると、いつも何かしら発見がある。以前は白い菫が咲いていたあたりに、気がつくとリンドウが咲いていたり、あることさえ知らないでいたキササゲの若木が、いつの間にかたくさん実をつけていたりするのだ。

もっとじっくり植物に向き合えたらなあといつも思うのだが、当分は無理だろう。秋田高校の同級生の堀井伸夫くんが、やはり同じ悩みを抱えている。それで、リタイアしたらお互いの庭を行き来して庭仕事の交流をしようじゃないか、という話になった。

先の楽しみができたのは、嬉しいことである。

屋根の表情

変われば変わるものだ。秋田の屋根のことである。母家の屋根の修理がすんだ。塗装の色は以前どおりの「さび朱」だが、棟飾りをきれいさっぱり撤去するということで、ぺったんとした味気のない表情になってしまうんだろうなあ、とちょっと心配だった。

ところが出来上がりを見てみると、そんなに悪くない。それどころか、思っていたよりずっと良い。以前よりもスッキリした印象である。

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土蔵の屋根の修理がすでに終わっているから、屋根の修理に限っては一段落だ。それにしても、故郷の建物の管理というのもこれでなかなか大変である。

棟飾り

生家の管理、今年のテーマは母屋の屋根の塗り替えである。しばらく手付かずだったせいで、今回は手間をかけて補修する必要がある。大工さんから、棟飾りの接合部が弱っているので、ただ塗り替えるのではなくいっそのこと飾り自体を撤去してはどうか、という提案があった。

屋根に積もった雪を、棟飾りの先端で支えるかたちになっていて、あちこち弱ってきているらしい。たしかにこの10年、大雪の年が何度かあった。放っておくと、ゆるんだ接合部から水が入り雨漏りの原因になるという。その前に対策をとろう、ということだ。

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しかし、撤去するとなると先端の飾りだけですまない。先端をはずすということは、数十センチ立ち上げてある稜線の飾り全体を撤去することを意味する。大ごとである。

何より、何十年もみなれた屋根の形状が変わり平たい屋根になるということだから、ちょっと残念な気持ちも否めない。逡巡していたら、大工さんが「シンプルなかたちも悪くないですよ」というので決心がついた。

不思議なもので、いざ決心してみると、これからどんな雰囲気の屋根に変わるのか、いささか楽しみな気持ちになっている。

秋田の新緑

垣根と庭の手入れで秋田に戻った。今年は、春の到来の早さがあちこちで話題になったが、そのお蔭で、ちょうど新緑の美しい時期とぴったり重なった。ケヤキ、モミジ、イチョウ、ウメ、ユキヤナギ・・・、それぞれ違う色味と艶と質感をもって輝いている。

庭のツツジのユキオも蕾が膨らんで、開花寸前である。わが家の場合、東庭から南庭そして西庭まで、円形の刈込のほとんどがユキオである。だから盛時には、庭のあちこちが真っ白になる。ただ、残念ながら、子ども時代を最後に花の盛りをみたことがない。その時期は、いつも東京にいるからだ。

今回ひときわ印象に残ったのは、生前、父親が植えた馬酔木の新緑である。もう30年近くまえのことだが、両親とわれわれ兄妹で、たった一度だけ、奈良方面にドライブ旅行をしたことがある。飛火野からささやきの小道を散策した折に、父親が、なぜかお暗い園路にたたずむ馬酔木を気に入ったらしい。それで、東庭の大木の下と客間のすぐ前の日当たりのいい場所、2か所に馬酔木をうえた。

手前が馬酔木 正面奥がキササゲ

手前が馬酔木 正面奥がキササゲ

年を経て、木陰の馬酔木は、奈良公園でも珍しいくらいけっこうな立木に成長している。一方、客間のまえの馬酔木は、地を這うような低木で、父が亡くなってからも、一向に大きくなる気配がない。そもそも馬酔木は日陰を好むと聞いているから、それも当然だろうと思っていたのだが、あるとき気がついたら、そのあたり一面が馬酔木という状況にまで広がっていた。今回は、その馬酔木が緑のグラデーションの先に、ほの赤い若葉をたくさんつけている。

その旅で父親が喜んだものがもうひとつある。唐招提寺の境内でキササゲを見つけたことだ。たしか金堂の横だったと思うが、大きさもちょうどわが家のものと同じくらいではなかったか。キササゲは東庭のシンボル的な木で、家族のだれもが親しみをもっているものだ。いまはすっかり古木で、幹の半分が空洞になってしまっているが、それでも毎年、大量の実をつける。

こんど唐招提寺にいったら、いつかみたキササゲを忘れずに確認しようと思っている。

庭が山路の風情に

冬じたくと用事をかねて久しぶりに秋田にいった。毎年、だいたい同じ時期に帰省するのだが、庭の景色が一度として同じだったことがない。ことしは、いつの年にもまして紅葉が早いように感じる。

 昨年の今頃は、南庭の銀杏が、高い空に透明感のある葉をキラキラ輝かせていた。今年は黄金色の葉が園路に散り敷いて、なんだか山路をゆく気分だ。


DSC03329庭中がすっかり秋色である。北側の垣根ではガマズミがつやつやと赤い実を、東庭ではムラサキシキブが可憐な実をつけている。

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南庭の4本のモミジも、いまが盛りと黄葉している。

DSC03320        いつもはあることさえ気がつかないツタだが、庭石のうえでびっくりするぐらい赤い葉っぱをつけて存在感を示している。

DSC03318  とりわけ目立つのがニシキギで、色調の異なる紅葉が庭のあちこちにみえる。西庭のニシキギの硬質な赤が、土蔵につづく踏み石の苔のみどり、周囲を囲むヒバのみどりとひときわ強いコントラストを放っている。

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こんなに紅葉のみごとな年はめずらしい。自分の庭が、いつの間にか見る人もなき山里といった風情を醸しだしている。それで早々に庭師の仕事をきりあげ、日差しの変化につれて移ろう秋色を楽しむことにした。

こんな僥倖にであえたら帰省した甲斐があるというものだ。

ヒバの生命力

庭の手入れで秋田に帰った。いろいろあって帰省がいつもより1~2週間遅くなったが、そのおかげで水をはった田んぼの美しさを堪能できた。さざ波がキラキラと日の光を反射し、田植えする人の姿をクッキリみせている。

いつも最初にするのは、風雪被害の確認である。去年は、松の木が一本倒れたが、今年は米ツガが根上がりし、右側に大きく傾いている。かなりの高木のこととて、しばらくこのままにしておくほかないだろう。

園路では実生の若木がたくさん伸びはじめている。ヒバ、スギ、アオキ、オンコ、モミジ、ケヤキ、小笹のほか、名前をしらないものもたくさんある。放っておくとたちまち大きくなって通りをふさぐから、せっせと刈り取る。植物は自然に多様性にむかっていくものだ。だからこの作業をしていると、庭づくりがいかに人工的空間を維持するために精力をそそぐのか実感できる。

とはいえ、土壌と樹木の相性という問題もある。わが家の土壌はとりわけヒバと相性がいいらしい。屋敷の外周にヒバの高木が並び、東道路に面した垣根もヒバ、庭の中心木のひとつも大きな糸ヒバである。ヒバだらけといってよい。

なかに幹の上半分の樹皮がすっかりはがれて、白骨化してしまったヒバがある。東庭の築山にあるもので、庭からはその幹が見えない。もともとこのヒバは、西をモミジ、南をヤマナシ、北をヒバの高木に囲まれていて、東の方向に枝を伸ばすほかない環境である。

道路側からみると、緑のなかにまっすぐに伸びる白い幹が確認できる。烏が止まって、あたりを睥睨するのにちょうどいいらしく、子どもの頃はよく朝方から烏が止まって鳴いていた。私は聞き分けられないが、わが家ではその「烏泣き(からすなき)」で一日の吉凶を占う習慣があった。

通る人には、ただの枯れ木にしかみえないヒバだが、築山にあがってその幹に近づき、目を上にあげると印象が一変する。枯れのこった幹から奇妙な形の枝がニョキニョキでていて、まるで野性味あふれるオブジェを見ている気分になるからだ。

いったん西向きに伸びた枝が垂直に上がる

いったん西向きに伸びた枝が垂直に上がる

南に伸びた枝はヤマナシの幹に行く手を遮られ、ぐにゃりと放物線を描いて東にむかう。先端では7つにも8つにも枝分かれし、青々と葉を茂らせている。いったん北に伸びた枝も、肘を曲げたような急角度でやはり東に向かう。その肘の付け根のところでいくつにも枝分かれしている。西に伸びた枝には出所がないので、途中からほとんど90度の角度で上に伸びあがっている。その枝の太さが尋常でない。ほとんど成人の胴ほどもあろうか。垂直に伸びた枝の途中から、脇枝が四方八方に伸びている。

制約された環境とヒバの生命力が、この奇妙な枝ぶりをうんだ。物心ついたころ、すでに三分の一ほど白骨化していたが、50年かけてヒバの白骨化がゆるやかに進行している。枯死にむかう緩慢な歩みともいえる。ただ、この幹の傍らにたつと、私はむしろヒバの激しい生命力の方にうたれる。

正直にいえば、庭木としてのヒバは好みではない。私の知る限り、ヒバを上手に庭木に仕立てているのは京都の青蓮院くらいではないかと思う。それほどハードルが高い。にもかかわらず、この10年、限られた私の労力の多くをヒバとの格闘に費やしてきた。

仕方がない。与えられた環境として、ヒバに親しみ、長く付きあっていくしかないか。最近は、そう思い始めている。

 

冬じたく 2

冬じたくで、秋田に帰省した。いつものことだが、早朝に所沢を出発して作業小屋の鍵を開け、1日半で垣根と樹木の剪定をする。ことし一番の課題だった土蔵の屋根の葺き替え工事がうまくいったのをこの目で確認し、一安心できた。

年に2回植木に鋏を入れるようにしている。短い作業時間でもかろうじて体裁を保てているのは、庭道具のおかげである。ただ、急ぎ働きだからどうしても仕事が雑になる。

円形に仕立てたサツキやオンコだけで大小50個はあろうか。立木まで合わせたら、私が格闘してきた相手は相当な数になる。東庭、南庭、西庭という方向と、植木の低層、中層、高層という軸を組み合わせて作業の段取りを決める。迷ってはいられない。向き合った瞬間に仕上がりをイメージしたら、あとは一気呵成に刈り込む。

オンコ 仕上げにかかる直前の様子

オンコ 仕上げにかかる直前の様子

写真はオンコの大刈込である。父親の場合は、低い方から鋏をいれ、高いところにさしかかると、いったん植込みの内側に入って脚立を立て直した。枝をかき分けて体を外にだし、鋏を胸のあたりで操作して表面を仕上げるためだ。もちろん剪定鋏一本の仕事である。私の場合は、表側に脚立を立て、ヘッジトリマーから高枝切り鋏まで三つの道具を使ってサッと仕上げる。

床屋さんと同じで、剪定は際(きわ)の仕上げが大切だが、残念ながらそう構ってはいられない。昔のオンコの写真と見くらべたら、私の整枝は似て非なるものだった。しかし、こればかりは仕方がない。思うさま時間がかけられるのは、リタイアした後のことになる。

臥龍の松の新芽 まだ瑞々しい

臥龍の松の新芽 まだ瑞々しい

かろうじて庭の体裁を保っているといったが、その点も微妙だ。景色がゆっくりとしかし絶え間なく変化しているせいで、ほんの10年前とも様子が違うのだ。実生(みしょう)で芽を出した樹木が成長し、気が付くと背丈より伸びていることがざらにある。既存の樹木もそれぞれ成長のスピードが違う。少し放っておくと、たちまち高所の枝が伸びて日陰をつくり、低木に枯れ枝ができる。

(下の写真:南庭のイチョウ)

つまるところ私がしてきたのは、樹木にまんべんなく日の光をあてることで、それは樹木同士の関係に折り合いをつける作業である。“庭づくり”などという大層なものではない。10年たってやっとそのことに気づいた。競馬に馬なりという言葉があるが“樹なり”といったところだろう。

もっとも、元の姿を維持するのを諦めたら、途端に庭仕事が楽しくなった。気持ちが不思議に軽くなったのである。