秋田往来」カテゴリーアーカイブ

秋田の庭

ゴールデンウィークの前半は秋田の庭、後半は所沢の庭の手入れをしよう、と大雑把な予定をたてている。

秋田では好天にも恵まれ、丸4日間、気分よく作業ができた。父親から屋敷を引き継いで15年たつが、こんなに集中して作業をしたのは初めてである。

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いつも庭を7つのブロックに分けて作業をしていて、今回は、東側のブロックに集中的に手を入れることにした。(写真は玄関からみた東庭方向)

ちょっと気持ちにゆとりがある分、屋敷の測量と樹種などの調査に半日分の時間をとった。

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調べて分かったことの一つは、松、モミジ、ヒバ、ケヤキなどの高木の数が意想外に多かったことだ。その数ざっと100本。さらに西側にある土蔵の背後の杉林にも、数えてみたら100本の杉が植わっている。なるほど鬱蒼としていたわけだ。

こうして様子がわかったのは良いことだが、ではこれからどうマネジメントをしていくべきなのか、逆に、当惑の度が増してしまう結果にもなった。

これまでの管理計画を練り直さねば・・・、と思い始めている。

冬支度5

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秋田の庭であいかわわらずヒバと格闘している。今回は、直径15センチほどの立ち木を、20本ばかり間伐し、直径30センチ近い大枝の枝打ちもしたから、作業を終えたときには、まるで屋敷中が戦場のようなあり様になった。

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千葉から合流した妹が電動チェーンソーをふるって奮闘したのだが、若いころ合気道で鳴らしただけあって、身体操法が見事である。重心の移動がスムーズなのだ。

おかげでこんなに広い庭だったのかと思うほど、屋敷まわりがスッキリ明るくなった。鬱蒼と茂ったツバキを切ったら、地面から、実におだやかな円相の庭石が顔をだした。陶芸の辻清明さんの代表作「信楽大合子 天心」の頂上部を一回り大きくしたような、みごとな丸みである。

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一方、私の方はというと、よほど仕事の段取りに気をとられていたのだろう。上着とズボン一式を、宿におき忘れてしまったらしい。おかげで帰京しようとしたら、ジャージに黒の革靴といういささか間抜けな格好ができあがった。

さてどうしたものか。かといって、慌てて洋服をかうのも業腹である。そこでスポーツ関係者の方々には申し訳ないことだが、心のなかで「スポーツ大会の引率の帰りでこんな格好なんです」という勝手な設定をつくり、その気分のまま新幹線に乗り込むことにした。

帰宅した私の姿をみたワイフが、お腹をかかえて笑ったことは言うまでもない。

秋田の庭仕事

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5月の秋田は、爽快そのもの。微風で仕事の汗もおさまるから、このシーズンの庭仕事が大好きだ。

ところが今回はあいにくの雨模様。千葉から合流した妹と、雨合羽を着て作業する羽目になった。

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実生から大きくなったオンコを伐採したり、ヒバの高木の枝打ちをしたりしたので、東庭がずいぶん明るくなった。

今回は、電動チェーンソーが大活躍、私は給油式のものしかもっていなかったが、妹は千葉の庭でもう使っているという。ハンディなだけでなくパワーも十分ある。

二人でやると作業能率がぐんと上がるので、ついつい頑張りすぎて足腰にきたが、楽しい作業になった。

冬支度4

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なかなか段取りがあわなくて、帰省が遅れているうちに、とうとう雪が降ってしまった。11月24日(木)は、東京で54年ぶりとなる積雪に振り回されたが、その翌日の金曜夕刻に秋田入りし、ようやく土曜日に冬支度の作業ができた。

ここまで帰省が遅れるのは珍しい。庭がうっすら雪に覆われ、軒下にも屋根から滑り落ちた雪がかなり積もってしまっている。ただ、天気が晴れたので、作業そのものに支障はない。

秋の作業はいつも垣根の手入れを主にしている。屋敷の北側の道路に面したユキヤナギの垣根がすっかり落葉して、まるで柴垣のような具合になっている。そのかわり、冬枯れた景色のなかで、ガマズミとムラサキシキブの実が、一入鮮やかに、光沢のある輝きをみせている。

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今回は、入院明けの作業を心配して、千葉から妹が参加してくれた。彼女も日ごろから、自分で庭木の手入れをしているので、さすがに手際が良い。二人で手分けをすると、いつもの倍以上のスピードで仕事が進む。

ニュースでみていると、秋田の天候は、前日の金曜まで雨や雪ばかり、日曜からはまた雨や雪の予報がでている。「作業をするならこの土曜日しかない」という貴重な一日にたまたまぶつかったことになる。

もうひとつ驚いたのは、日曜の朝の便から夕方の便まで、東京方面行の秋田新幹線がすべて満席だったことだ。緑の窓口の人によると、この混雑は、吉永小百合さんが宣伝している「大人の休日倶楽部」の影響らしい。私は、絶妙なタイミングで指定席券の「最後の一枚」を入手し、なんとか無事に帰京することができた。

そんなこんなで、今回は二重にラッキーな帰省になった。

庭石

秋田の実家の庭は、池のない平庭である。東西にそれぞれ築山がつくってあるが、まあ、ほとんど平べったい庭といってよい。

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景色に変化をつけるためだろう。あちらこちらに庭石が立っている。ただ、庭石が屹立しているわけではなく、どれもいくらか地面に埋まっていて、あたかもそのままもとの自然に帰ろうとしているかのような風情である。

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庭石はことごとく丸っぽい形状で、力みのない、自然体の雰囲気をもっている。名石などというものからはるかに遠く、穏やかな印象の石ばかりだから、見ようによっては、道端の道祖神のように見えなくもない。

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これらの石を眺めていると、わたしは先祖の人たちの美意識になんとなく近しいものを感じる。

いったい庭にいくつ石があるのか定かではないが、今回も植込みのかげで、すっかり苔におおわれ、地面のもりあがりとほとんど区別がつかなくなっている大きな石をひとつ発見した。

白い花

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秋田の実家に帰省しても、花の盛りにでくわすことが滅多にないのだが、今回は珍しくニセアカシアの満開の時期にぶつかった。青空を背景に、白い花房がキラキラ輝いている。

咲き残りのユキオもかろうじてみることができた。垣根のユキヤナギもそうだが、わが家の場合、春から夏にかけて、花といえば圧倒的に白い花が主流である。

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屋敷の周囲をむやみに丈の高い樹木がとり囲んでいるせいで、母家のたっているあたりが、ポカンと開けた、ちょっと広い陽だまりのような環境になっている。

おそらくそれが気に入って、野生のキジがここに居所をさだめるようになったのだと思う。白いユキオの刈込のあいだを、頭部の赤いオスがゆうゆうと歩いている。ときどき姿をみせるだけの私などより、どうも自分のほうがこの屋敷の主だと思っているふしがある。

風のない静かな昼下がり、四方の窓をあけはなして畳のうえで昼寝をすると、いっとき、都会では味わうことのできないような、せいせいした気分を味わうことができる。

 

冬支度 3

生家の垣根の半分がユキヤナギとあって、開花期ともなると、ほわほわっとした白い壁が出現する。ただ、10年前はみるも無残な姿だった。大雪で垣根全体がペシャンコになってしまったのである。もうダメかなあ、といったんはあきらめかけたのが、植物の再生力というのはすごいもので、支えを施したらみごと数年で元に戻った。

この一件があってから、心なしか植物の多様性が増した気がする。ガマズミなどいろんな植物がユキヤナギに混じるようになり、剪定していると山椒の良い香りもしてくる。手抜きと言われそうだが、混植の垣根というのも、これはこれで面白いと思う。

垣根のもう半分はヒバである。ヒバの垣根は緑一色だから、まったく愛想というものがない。ただ、ヒバは強い刈り込みにも耐えるし、なにしろ手入れが楽だから助かる。

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時間の節約もかねていろんな庭道具を使う。今回の道具はこれ。“枝打ち一発”は、なんと5メートルの高さまで伸びて、しかも切れ味抜群、使いこなすのにちょっと腕力がいるが最近のヒットだ。

庭の手入れをしていると、いつも何かしら発見がある。以前は白い菫が咲いていたあたりに、気がつくとリンドウが咲いていたり、あることさえ知らないでいたキササゲの若木が、いつの間にかたくさん実をつけていたりするのだ。

もっとじっくり植物に向き合えたらなあといつも思うのだが、当分は無理だろう。秋田高校の同級生の堀井伸夫くんが、やはり同じ悩みを抱えている。それで、リタイアしたらお互いの庭を行き来して庭仕事の交流をしようじゃないか、という話になった。

先の楽しみができたのは、嬉しいことである。

屋根の表情

変われば変わるものだ。秋田の屋根のことである。母家の屋根の修理がすんだ。塗装の色は以前どおりの「さび朱」だが、棟飾りをきれいさっぱり撤去するということで、ぺったんとした味気のない表情になってしまうんだろうなあ、とちょっと心配だった。

ところが出来上がりを見てみると、そんなに悪くない。それどころか、思っていたよりずっと良い。以前よりもスッキリした印象である。

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土蔵の屋根の修理がすでに終わっているから、屋根の修理に限っては一段落だ。それにしても、故郷の建物の管理というのもこれでなかなか大変である。

棟飾り

生家の管理、今年のテーマは母屋の屋根の塗り替えである。しばらく手付かずだったせいで、今回は手間をかけて補修する必要がある。大工さんから、棟飾りの接合部が弱っているので、ただ塗り替えるのではなくいっそのこと飾り自体を撤去してはどうか、という提案があった。

屋根に積もった雪を、棟飾りの先端で支えるかたちになっていて、あちこち弱ってきているらしい。たしかにこの10年、大雪の年が何度かあった。放っておくと、ゆるんだ接合部から水が入り雨漏りの原因になるという。その前に対策をとろう、ということだ。

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しかし、撤去するとなると先端の飾りだけですまない。先端をはずすということは、数十センチ立ち上げてある稜線の飾り全体を撤去することを意味する。大ごとである。

何より、何十年もみなれた屋根の形状が変わり平たい屋根になるということだから、ちょっと残念な気持ちも否めない。逡巡していたら、大工さんが「シンプルなかたちも悪くないですよ」というので決心がついた。

不思議なもので、いざ決心してみると、これからどんな雰囲気の屋根に変わるのか、いささか楽しみな気持ちになっている。

秋田の新緑

垣根と庭の手入れで秋田に戻った。今年は、春の到来の早さがあちこちで話題になったが、そのお蔭で、ちょうど新緑の美しい時期とぴったり重なった。ケヤキ、モミジ、イチョウ、ウメ、ユキヤナギ・・・、それぞれ違う色味と艶と質感をもって輝いている。

庭のツツジのユキオも蕾が膨らんで、開花寸前である。わが家の場合、東庭から南庭そして西庭まで、円形の刈込のほとんどがユキオである。だから盛時には、庭のあちこちが真っ白になる。ただ、残念ながら、子ども時代を最後に花の盛りをみたことがない。その時期は、いつも東京にいるからだ。

今回ひときわ印象に残ったのは、生前、父親が植えた馬酔木の新緑である。もう30年近くまえのことだが、両親とわれわれ兄妹で、たった一度だけ、奈良方面にドライブ旅行をしたことがある。飛火野からささやきの小道を散策した折に、父親が、なぜかお暗い園路にたたずむ馬酔木を気に入ったらしい。それで、東庭の大木の下と客間のすぐ前の日当たりのいい場所、2か所に馬酔木をうえた。

手前が馬酔木 正面奥がキササゲ

手前が馬酔木 正面奥がキササゲ

年を経て、木陰の馬酔木は、奈良公園でも珍しいくらいけっこうな立木に成長している。一方、客間のまえの馬酔木は、地を這うような低木で、父が亡くなってからも、一向に大きくなる気配がない。そもそも馬酔木は日陰を好むと聞いているから、それも当然だろうと思っていたのだが、あるとき気がついたら、そのあたり一面が馬酔木という状況にまで広がっていた。今回は、その馬酔木が緑のグラデーションの先に、ほの赤い若葉をたくさんつけている。

その旅で父親が喜んだものがもうひとつある。唐招提寺の境内でキササゲを見つけたことだ。たしか金堂の横だったと思うが、大きさもちょうどわが家のものと同じくらいではなかったか。キササゲは東庭のシンボル的な木で、家族のだれもが親しみをもっているものだ。いまはすっかり古木で、幹の半分が空洞になってしまっているが、それでも毎年、大量の実をつける。

こんど唐招提寺にいったら、いつかみたキササゲを忘れずに確認しようと思っている。