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3度目の津山

岡山県内の商業高校の研修会「平成30年度 マーケティング分野生徒対象研修会」(委員長:歳森隆夫・笠岡商業校長)が、8月2日、3日に津山商業高校であった。たった半日で「取材―プラン作り―発表」というプロジェクト学習の全プロセスを生徒が体験する、文字通り“半即興型プレゼンづくり”のプログラムである。

今回も、現地ではじめて出会った生徒たちが、その場でチームを組んで伝統的建造物群保存地区に指定されている城下町を取材して歩き、インタビューなどの結果を素材にして観光ビジネスプランづくりに挑戦した。

(下の写真。今年の滞在も「割烹 宇ら島」。津山商業・片岡先生ご推薦の宿ということで初年度からお世話になっている。地元食材を活かした美味しい料理と若女将・中村未和さんの細やかな気配りが光る。)

豪雨災害を経験した後で、しかも鉄道の不通箇所がまだ残っている状態での開催である。もともとの参加校が多くなかったうえに、直前のキャンセルも続いたらしい。そんなこんなで、例年より参加者が少ない分、より実験的な色合いの濃いプログラムになった。

その1つは、2日間を通して、各校混成チームで活動したことだ。初日の発表をさらにブラッシュアップし、2日目により完成度の高い発表を目指す2段階の方式である。

例年は、初日に混成チームで活動し、2日目は各学校が自分の地域の観光プランを発表していた。秋のコンテストに向けた準備が、もうこの研修会から始まっていたことになる。

2つ目が、生徒チームの活動と並行して、引率教師チームもプレゼンづくりに挑戦したことだ。先生たちの発表は、さすがに手慣れていて安定感が抜群だったから、その自然な語り口が生徒チームのよいお手本になった。

ただ、意外な弱点も露呈した。手慣れている分、ついつい説明が長くなってしまい、発表時間の大幅超過につながったのだ。

3つ目が、昨年までこの研修会の委員長だった槇野滋子先生(岡山大学教授)が、今回は、私とのコンビでファシリテーター役をしてくださったことだ。どちらかというと見守る側だった槇野先生が、直接進行に加わることで、新しく見えてきたこともたくさんあったらしい。

私の場合も、毎回新しい気づきがあるが、今回とくに印象深かったのは、複数年にまたがって運営に携わってくれた先生たちの口から、この研修会での経験を学校に持ち帰って、自分独自の実践につなげてみたい、という意欲が語られたことに関連している。

半即興プレゼンをつくるというプロジェクト学習の研修は、生徒だけでなく、先生たちにとっても新しいタイプの研修である。

それだけに、単発の企画として実施するだけでなく、同じコンセプトの研修会を継続実施することで、企画・引率する教師の側にもこうした学習の意義と指導方法がより深いレベルで伝わる可能性がある、そのことを実感したのである。

研修会を終えたら、津山駅でJRの列車に乗りこみ鳥取空港経由で帰京する、そんな予定にしていたのだが、当日になっても津山―智頭間の路線は復旧せず、申し訳ないことに、智頭まで自動車で送ってもらう仕儀になった。

おかげで、思いがけずゆったりした山越えドライブを楽しむことができたのだが。

パリ研修会の深化

国際交流基金「欧州日本語教師研修会」の講師は、昨年に続いて2回目になる。本年度の研修会も、7月4日と5日の2日間、エッフェル塔からほど近いパリ日本文化会館の最上階にあるホールで行われた。

今年のテーマは「学びの全身化×教育プレゼンテーション」である。昨年同様、両日とも6時間分のセッションが組まれている。事前に参加者自身の実践をまとめて提出したり、私が書いた論文(5本)を読んで、各々について質問したいことや意見・感想を提出したりする課題をこなすので、参加者の方々にとっては、相当にハードなプログラムである。

今回参加して、企画者である藤光由子先生(日本語教育アドバイザー 写真右 写真左は日本語事業部次長の申熙晶さん)の運営プランがどんどん深化していることを実感した。大きくは3つある。

第1は、参加者の多様性だ。具体的には、フランス、イタリア、スイス、スペイン、英国という参加地域の多様性、昨年、一昨年の参加者も複数含まれているという参加経験の多様性、そしてフランス人の大学院生から大学教師としての経験が30年を超すベテランまでいるというキャリアの多様性である。

第2は、パリ会場での参加(16名)とオンライン上の参加(14名)という2重構造のプログラムになっていることだ。パリの会場と、フランス各地、イタリア、オランダ、スイス、ドイツ、ハンガリー、日本を同時中継でつなぎ、ネット上の参加者も議論に参加したり、プレゼンをつくって発表したりする。

第3は、私のセッション(講義+ワークショップ)と昨年の参加者だったベルリン日独センターの植原久美子先生のセッション(実践報告+ワークショップ)が入れ子構造になっていることだ。

植原先生は、初日の「日本語教師のライフコース研究」のリソースパーソン役にはじまり、2日目の実践報告にいたるまで、まさに獅子奮迅の働きをしてくださった。

ちなみに、私のセッションは、獲得型教育のなかの学習論、アクティビティ論、教師論に焦点を当てたものである。(下の写真:赤いビルが滞在したホテル 旧JALホテル)

ともあれ、この3点をあげただけで、どんなに複雑な構造をもつ研修会なのか分かる。冒頭の挨拶で「多少の混乱・混沌はあるだろうが、それも含めて楽しんでみましょう」といったのだが、案に相違して、プログラム自体は思いのほかスムーズに進んだ。

大勢のスタッフの方々、参加者の方々の全面的協力があってのことなのだが・・・。(下の写真:ホテルからパリ文化会館へは徒歩10分)

なんといっても難しいのはタイム・マネジメントである。ただ、メルボルンの国際研修会から数えて藤光先生とは3回目のコンビになる。そこで、いまこの瞬間にお互いがどう動くべきか、プログラムのどこを削ってどこを入れるべきか、阿吽の呼吸で判断できるようになってきたのがなんといっても大きい。(下の写真:パリで朝焼けをみるのは珍しいので1枚 29階の部屋から)

研修成果の定着という点についていうと、すでに昨年の研修参加者を中心として、お互いの実践を交流するネット空間がつくられていて、リアルタイムで報告を聴きあう会合が持たれたり、実践報告原稿がアップされたりしている。

獲得型教育の実践が、こうして軽々と国境を越えて広がっていく様子を目の当たりにするのは、何より心強いことである。(下の写真は植原先生)

昨年もそうだったが、今年も欧州研修会の複数の参加者の方が、一時帰国のタイミングに合わせて、「第13回獲得研夏のセミナー」(8月7日)に申し込んでこられている。ぜひ獲得研のメンバーともネットワークを築いていただけたらと願っている。

今回のような、複雑な構造をもつ研修会の場合、ふり返りの作業ひとつにも大変な労力がいる。スタッフの方々はさぞ大変なことだろう。

私自身も今回の成果と課題について、さらにじっくり考えてみたいと思っている。

下津井港と北前船

 

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「岡山空港開港30周年記念 まち・ひと・しごと未来創造ビジネスプランコンテスト」(県内の商業高校生によるグループ・プレゼンテーション)の審査にきたついでに、下津井節で知られる下津井港を訪ねてみることにした。

それにしても生徒たちの発表は、夏の研修会からの短期間で、彼らが目覚ましい成長を遂げたことを実感させる素晴らしいものだった。

コンテストで選ばれた3校(岡山後楽館高校、倉敷商業、津山商業)の生徒たちが上京し、12月16日(土)に新橋駅からすぐのアンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」で取り組みの成果を披露することになっている。

下津井港までは鉄道の便がないので、JRの児島駅をでて鷲羽山を経由する巡回バスでいった。

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その昔、北前船が北海道から運んでくるニシン粕が下津井港で陸揚げされ、児島湾の干拓地で栽培される綿やイグサの肥料になった。それがめぐりめぐって倉敷の綿業(ジーンズなど)の今日の隆盛につながることになる。綿は塩分を含んだ土地でもよく育ったのだという。

すでに幕末の時点で、9200haも干拓されていたというから、肥料の需要量の方も相当なものだったろう。北前船の盛期は明治10年ころだが、今でも当時使われていた井戸やら蔵やらが通りのあちこちに残っている。そのせいで、下津井の町そのものがタイムカプセルの風情である。

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日露戦争のあと、船の動力化と化学肥料の普及が進んで、北前船の寄港がぱったり途絶え、港に軒を連ねていた問屋衆も転業を迫られることになった。

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いまは資料館「むかし下津井回船問屋」になっている高松屋のこの屋敷も、大正期には足袋製造、昭和に入って学生服の製造場になっていたのだという。

子どものころ地理で児島湾の干拓について習ったが、長じて、こんな形で過去の記憶とつながったことも不思議なら、そもそも20年近くも、岡山県の教育にかかわることになったこと自体が不思議である。

加えて、今回はもう一つ不思議なことがあった。雑談のなかで、JALの側からコンテストの審査に加わっていた内海茂さん(岡山空港所・空港所長)が、ICU高校の3期生で、ドイツからの帰国生と判明したことだ。

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写真でみるとどっちが年長者か分からないくらい恰幅のいい内海さんだが、3年生のときの政経レポートで、新聞記事を駆使して「パレスチナ問題」について論文を書いたときのことを懐かしく記憶してくれていて、私にはそれがまた嬉しいことだった。

津山再訪

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獲得研夏のセミナーに先立ち、8月3日から5日まで、津山市を再訪した。岡山県内の商業高校が参加する「マーケティング分野生徒対象研修会」のためだ。(上は、津山高校、下は4校連携の発表会)

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出会ったばかり生徒たちが、チームを組んで城西・城東地区のフィールドワークにでかけ、そこでえた情報を編集して、その日のうちに観光プランを発表する。この半即興プレゼンのコンセプトは去年と同じだ。

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ただ、今年が会場校となる槇野滋子先生(津山商業高校校長)の最終年度ということで、ひときわ力の入ったプログラムだった。

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おかげで、重要文化財になっている津山高校のホールで、市内4校の生徒たちが地域創生をテーマにつくった討論劇を観たり、鶴山公園で石垣の素晴らしい景色をじっくり味わったりできた。

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今年の特徴は、委員だけでなく各校の引率の先生たちが大活躍したことだ。猛暑のなかを生徒たちの取材に同行し、発表のコメンテーターの役も引き受けてくれた。

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ふり返りの時間が圧巻だった。半即興のプログラムにして、こんな深いところまで考えられるものなのか、と関係者一同仰天させられたのだ。居合わせた教師はみな、これこそが教師冥利だ、と感じたことだった。

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秋には今回参加した生徒たちが岡山市内で再会し、コンテスト形式で発表する。はたしてどんな成長を見せてくれるのか、いまから大いに楽しみである。

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パリ日本文化会館で研修会

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7月6日(木)、7日(金)の2日間、パリ日本文化会館で、国際交流基金が主催する「2017年度 欧州日本語教育研修会」の講師をつとめた。参加者は、欧州5か国(フランス、イギリス、ドイツ、オランダ、イタリア)の先生たちで、各国の大学で日本語を教えている方たちが主流である。

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会館の最上階にあるレセプションルームは、見晴らしがよく、ワークショップをするのに最適の空間である。ベランダから、エッフェル塔も間近にみえる。

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研修の共通テーマは、「異文化間リテラシー」×「アクティブ・ラーニング」×「学びの全身化」。6つの大きなセッションに、それぞれ講義とワークショップが入るかなりハードなプログラムになった。せっかくの機会とあって、「学びの共同化」を実感できるウォーミングアップ、教育プレゼンテーション、ドラマワークもたっぷり経験していただいた。

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セーヌ川をはさみ、シャイヨー宮を背にして発表準備をしている様子など見ていると、なるほどここはパリである。

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参加者の方々の意欲は相当なもので、すぐにも授業に取り入れたい、という意気込みがひしひしと伝わってくる。研修会の企画にあたった藤光由子先生(日本語教育アドバイザー)のコーディネート力の賜物である。

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予め3本の論文を読んでコメントを提出する、異文化間リテラシーを開発するための授業プランを提出するなど、事前課題をタップリこなしてから本番を迎えている。参加者の方から「反転学習の機会だった」というコメントがあったが、密度の濃い2日間は、永い助走期間があってはじめて実現したものだった。

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何しろ日本語指導の最前線で奮闘する方々ばかりである。発言の内容に、それぞれのお国柄や教育事情がおのずと反映されていて、私にとっても学ぶことが多く、なにより楽しい研修会だった。

アクティブ・ラーニングの大阪公演

一昨日のあかり座公演「学びの魅力とパワー!! ~教師・学習者のためのアクティブ・ラーニング入門セミナー~」(会場:クレオ大阪中央)は、日本学校演劇教育会関西支部との共催だった。この共催というスタイルは、昨年夏の那覇公演(沖縄歴史教育研究会)と同じだ。

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東京でやる獲得研セミナーに、毎年参加している大阪の南村武先生が、今回の公演の発案者にして推進役である。吉田美彦先生(関西支部事務局長)、松井きょう子先生(京都産業大学)を中心に、とてもスムーズな運営だった。

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とくに目立ったのは、獲得研の企画に初めて参加したという人の割合が高かったことだ。参加者の数が多いだけでなく、地域的にも仙台、東京、島根、岡山、広島などからの参加があり、このテーマへの関心の広がりがうかがえた。

今回は、関西側の発案で、小中教員向け、高大教員向けの各々90分のワークショップを並行して行うことにした。これは新機軸である。

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前者の担当は、桐朋小学校の宮崎充治先生。絵本『風きるつばさ』(木村祐一・文、黒田征太郎・絵)のアネハズルの気持ちと行動を、フリーズ・フレームとホットシーティングの技法を使って味わっていく。

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後者の担当は、立命館大学の武田富美子先生。生物の分類について学ぶプロジェクト「私はミミズ」(開発者:北海道大谷室蘭高校・藤田真理子先生)を、「なりきりプレゼン」の技法をつかって参加者に経験してもらう。

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大阪公演のたびに感じるのは、関西圏の参加者の表現力が高いということで、相当なハードルを設定してもサラッとこなしてしまう。さらに、宮崎さんと武田さんがもともとこちらの出身とあって、関西弁を使ったファシリテーションが板についている。

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私の基調講演「アクティブ・ラーニングと獲得型授業」の方は60分の予定を5分オーバー、例によって宮崎さんから“しゃべりすぎでしょ”とおこられた。面目ない。

本格的な振り返りはこれからだが、いまの時点ではっきりいえるのは、今回の取り組みを通じて両団体のネットワークが確実に広がったということである。

岡山版プレゼンフェスタ

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10月21日に、岡山版のプレゼンフェスタがあった。県下の商業高校9校から、津山商業高校にあつまった生徒40名が、即席で混成チームをつくり、ほんの数時間の準備時間の後で、半即興の演劇的プレゼンテーションに挑戦するプログラム。正式名称は「マーケティング分野生徒対象研修会」である。(下の写真は、徳守神社)

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東京でやっている高校生プレゼンフェスタとの違いは、①分散して津山市内にでかけ、町のなかで実際にリサーチワークを行うこと、②津山市内の「ツアー・プラン」をアピールする発表だが、形式をポスター発表と限定し、それにスキットなど様々な演劇的技法を組み合わせる方法をとること、③1泊2日の宿泊研修の形になっていること、の3点である。2日目には、各校対抗のプレゼン・コンテストがある。1日半にしては、相当に盛りだくさんのプログラムといえる。

本番の様子について、委員長の槇野滋子先生(津山商業高校校長)が以下のようにコメントしている。「開会直後に起こった地震…鳥取を震源地にした地震で、津山も震度4。会場にいた全員が机の下に潜って、激しい揺れがおさまるのを待ちました。一時は、研修会の中止も考えました。」

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だが、「地震という不測の事態さえも、2日間のドラマのエピソードに感じられるような、見知らぬ他人同士の生徒達が瞬く間にすばらしいプロジェクトチームとなっていく様、前日の学びを糧に時間と闘いながらブラッシュアップした各校のツアープランの「魂」のこもった出来…今思い起こしても胸が熱くなりそうな出来事の連続でした。」

槇野先生が“奇跡”と呼ぶ展開はどうして起こったのか。理由は色々に考えられるが、なんといっても、1年もの周到な準備を重ねて、初めての企画に意欲的に取り組んだ、運営委員の先生たちの努力に負うところが大きいだろう。

もう一つは、会場となった津山市の地の利にあるように思う。松平10万石の城下町・津山は、文化的・歴史的な資源が豊かだというだけでなく、町の大きさも高校生のフィールドワークに向いている。(下は2日目、帰っていく参加生徒のバスを見送る委員の先生たち)

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津山は、もともと蘭学の盛んな土地柄で、内科学を中心に明治期日本の医学界をリードする人材をたくさん輩出しているということも、今回初めて知った。(「珈琲」の漢字の発祥は津山、一つ上の写真は蘭学者・宇田川榕庵の「珈琲罐」を復元したもの)

来年も更にブラッシュアップした研修会を企画していると聞いた。さてどんな展開になるのか、いまから大いに楽しみである。

成蹊小学校の公開授業

3 成蹊小学校

6月20日に成蹊小学校で百周年記念公開授業があった。9教科にまたがる51もの授業が公開され、獲得研の関係者も20名ほど参加した。10年毎に公開授業をしているということだが、何しろ区切りの百年とあって、学校側の力の入れ方も尋常でない。丸3年がかりで準備を進めたと聞く。

百周年にむけて整備した校舎がまた見事である。特別教室も廊下もそして普通教室と一体化した木製のデッキもすべて広々と美しい。各学年(東西南北の4クラス)が、ほどよい距離感で配置されている。

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私は「こみち科」(生活科+総合学習)の授業を9つ全部見て回った。統一テーマは、「豊かなプレゼンテーション力を育てる」である。成蹊小学校は、総合学習の長い伝統をもっていて、こみち科の語源も学校の名称「成蹊」に由来する。

獲得研の林久博先生の「おてんき裁判」(2年生)は、子どもたちが「雨ふれチーム」「お天気チーム」にわかれ、赤いマントの神様(先生)にそれぞれ訴える劇遊びだ。雨の日にチームでそとへでて、観察したことを反映した発表をつくる。

こんな発表だった。時ならぬ雨に、女の子二人があわてて雨宿り。男の子が両手を差し出して屋根のポーズ。屋根の先端からさかんに雨だれがおちてくる音。それを見あげて「きれいだねえ」とうなずきあうふたり。子どもたちの柔らかい感性が息づいている。

公開授業のあとの分科会も、参加者60人を超す盛況ぶり。授業を公開した5人の先生たちが、それぞれのねらいや成果を率直に語ってくれる。

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その場で、小学校の6年間を見通した「こみち科『プレゼンテーション力』の能力系統表」が発表された。これは、獲得研のいう「表現活動の三つのモード」(コトバ、モノ、身体)をすべて取りこんで、それぞれ学年ごとの習得課題を明らかにした表である。この「系統」と「活動・単元」を対応させて学びを組み立てる、きわめて意欲的なプランだ。

三つのモードをすべて取り込んで、しかもこれだけ具体的に展開する学習プランをまだみたことがない。研究活動を中心となって担ってきた林先生はじめ成蹊小学校の先生たちの、これまでの研鑽の深さがうかがえる。

わたしはすっかり嬉しくなって、今後の取り組みの成果も外部にむけてぜひ発信して欲しい、とお願いした。

メルボルンでワークショップ

2日間で300名を超す参加者がある

2日間で300名を超す参加者がある

JLTAV(ビクトリア州日本語教師協会)の年次大会で“Bring your Japanese ALIVE through drama”と題するワークショップをした。コーディネーターは、獲得研会員の藤光由子さん(西オーストラリア州教育省アドバイザー、パース在住)である。

カンファレンスの会場は、100年を越す歴史的建造物で、格調のある美しいホテル。そこのヘリテージ・ルームという宴会場を、ワークショップ会場に仕立てた。当日の参加者は40名ほど。日本人の先生も10人余り参加している。

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本番では、まず「全身で学ぶ」「教師は学びの演出家」など、獲得研の基本コンセプトを参加者に共有してもらい、そこから3部に分けてプログラムを展開した。

第1部は私がファシリテーター役になって、人と人が打ち解けるプロセスを経験してもらう。「後出しジャンケン」「歩いてあいさつ」など7つの技法を、シリーズ第2巻『学びへのウォーミングアップ』から選んで構成した。

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第2部の進行を、宇佐美慎吾さん(俳優、シドニー在住)が担当した。参加者がニュース・レポーター役を演じる「ロールプレイ」の紹介である。スタジオにいる慎吾さんの質問に答えて、参加者が京都で舞妓さんにインタビューしたり、公園から花見の様子を実況中継したり、といった具合に進んでいく。

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第3部は、アン・ノーマンさん(尺八奏者、メルボルン在住)による日本の民話「おむすびころりん」のストーリー・テリング。参加者みんなが協力し、鉦や太鼓、鈴やササラなどを演奏し、歌も歌えば踊りもおどる。音楽家のはずのアンさんが、踊りも演技も率先してやるから、なんとも賑やかである。

アンさんは、作曲し、小説も書き、お茶の研究書も出している

アンさんは、作曲し、小説も書き、お茶の研究書も出している

ワークショップの時間は2時間。いささか盛り込みすぎのプログラムかなあ、と心配したが、どうしてどうして。参加者のノリのよいことといったら。演技や演奏のボランティアを募ると、その場でどんどんでてきてくれる。

そんなこんなで、時間通りに進行できた。ふり返りのコメントを読ませてもらうと、さっそく自分でも取り入れたみたいという声がたくさんあって、思った以上に満足度の高いセッションだったことがわかる。

今回のワークショップは、パース、シドニー、メルボルン、東京と、それぞれ本拠地の違う4人のコラボレーションで成り立っている。国際交流基金や教師会に働きかけ、こうした企画を実現させてしまった藤光さんの熱意には、感心するほかない。

慎吾さんは、テレビ収録を終えてメルボルンに駆けつける

慎吾さんは、テレビ収録を終えてメルボルンに駆けつける

藤光由子さんと一緒にワークショップをしたことのある千葉美由紀さん(国際文化フォーラム)から、「前日は寝かせてくれない、本番20分前まで改訂の手をゆるめない。それほど準備を徹底する方ですよ」と脅されたが、やってみてなるほどと納得した。旅先にもかかわらず、相談を重ねるごとに、ちゃんと書き直したプロットや資料を用意してくれるから、プログラムの細部までどんどん洗練されてゆく。

タイルがとても美しい

タイルがとても美しい

ほっそりと優雅な身のこなしの藤光さんの、どこからそんなエネルギーがでてくるのだろうか。アジア、オーストラリアの各地で日本語定着の仕事を続けてきた藤光さんだが、今回、ご亭主が専業主夫として家事全般を担当していることを知った。二人のご子息も、ご亭主の手づくり弁当で育ったという。なるほどそうか。オーストラリア全土の日本語学習者に広がっている藤光さんの「お弁当デザイン・プロジェクト」はこうした背景から、生まれたものだったのだ。

そして数年前、中野佳代子さん(国際文化フォーラム・事務局長)と一緒に研究室に乗り込んできて、初見のわたしに「どうしても獲得研に入れていただきたいんです」と迫ったときの静かな迫力を思い出した。

獲得研の歴史でみると、おそらく今回のワークショップが、最初の「あかり座海外公演」という位置づけになっていくことだろう。こうした新しいスタイルの創造が、新しい家族像をつくってきた藤光さんによって拓かれたということに、とりわけ大きな意味があると感じている。

岡山市でのリユニオン

講演やら教員研修やらで岡山県の高校にかようようになって、かれこれ15年が経過した。前半の訪問先は玉野高校、後半は倉敷青陵高校に集中している。

吉備国分寺跡

吉備国分寺跡

今回は、高校野球の強豪で星野仙一監督の母校でもある倉敷商業で3年生の「ビジネス情報」の授業に参加した。生徒が地元企業の関係者に「なりきって」、マスカットの購入やスーパーの利用を勧めるロールプレイの授業である。

4人の発表者が教室の四隅で、顧客にむかって一斉にプレゼンするのだが、はじめてのプログラムとは思えない落ち着いた雰囲気で発表している。ベテラン先生のTT、しかも就活経験をもつ生徒の多いクラスという条件が重なっているせいだろう。

鬼ノ城西門(復元)

鬼ノ城西門(復元)

研究協議のあと、獲得研の槇野滋子先生(副校長)の運転で吉備路を案内してもらった。鳴釜の神事で知られる吉備津神社、水攻めで有名な備中高松城跡、吉備路を象徴する景観をもつ備中国分寺跡、7世紀後半の山城とされる鬼ノ城など、はじめて訪問するところばかりだ。刈り入れをおえた田圃のむこうで、柿の実が赤く色づき、“これぞ吉備路の秋”という光景が楽しめる。

夕方、岡山市内に久しぶりのメンバーが集まり、夕食会があった。着任した時期はそれぞれだが、全員が玉野高校に勤務したことがある先生たちだ。

鬼ノ城の展望台から

鬼ノ城の展望台から

1999年、玉野高校に岡山県下ではじめてとなる国際科がつくられた。立ち上げをしたのは三善真先生(現・西大寺高校校長)たちで、40代前半の気力も体力も充実した教師たちである。入学手続きの書類と一緒に『国際感覚ってなんだろう』を手渡し、入学後にわたしが講演にでかけるというプログラムを考えた。

一事が万事で、自由な発想の生き生きした学科が誕生した。職員室で国際科の哲学をえんえんと論じ合い、午後9時あたりから“さあ、授業の準備をしようか”とやっていたらしい。そんなエピソードを聞いていると、梁山泊の趣さえある。

槇野先生がワインの美味しいお店をアレンジ

槇野先生がワインの美味しいお店をアレンジ

残念ながら、玉野高校国際科は10年で幕を閉じた。ただ、三善先生、福本まゆみ先生(現・玉野高校校長)、橋本文彦先生(現・笠岡工業高校教頭)たちが開拓した実践は、岡山県の教育史にエポックを画すものである。玉野高校の国際科とはなんだったのか、いつかぜひ考察をまとめてもらえたら、と願っている。

玉野高校国際科がどんな人材を生み出したのか、判断をくだすにはもう少し時間が必要だろう。ただ、一つだけはっきりしているのは、玉野高校に集った教師たちが、県内のあちらこちらの学校に転勤し、ひときわ大きく羽ばたいている、ということである。