獲得研のこと」カテゴリーアーカイブ

『教育プレゼンテーション』の刊行なる

15回プレゼンフェスタ 001このところの忙しさで、記事のアップが間遠になってしまった。学術関係のイベントが多く書きたいことはあるのだが、いかんせん文章にする時間がない。獲得研の初海さんには「元気だねえ」と言われるが、ただスケジュールに追われているだけである。

それはともかくとして、やっと獲得研シリーズの第3巻『教育プレゼンテーション―目的・技法・実践』ができた。質量ともにズッシリした印象の本で、手に取った人の評判もなかなかのようだ。カバーデザインもとても気に入っている。

「あとがき」には、以下のような文章を書いた。

本書の刊行に、4年の歳月を要した。では、どのようにしてできあがったのか。獲得型教育研究会(略称:獲得研)の研究スタイルの説明も兼ねて、ここでは本書の成り立ちについて簡単に紹介させていただこう。

第1部でもふれたが、獲得研は、「アクティビティの体系化」と「教師研修プログラムの開発」という2つの大きな目的をもっている。その達成のために、ワークショップでアクティビティの汎用性を検討したり、実際の授業にアクティビティを導入してその結果を検証したりする、という作業をたゆまず続けてきた。

本書の刊行準備は、2011年の夏にはじまった。獲得研シリーズの第2巻『学びへのウォーミングアップ』の刊行と相前後して、先行研究の調査をスタートさせたのである。

最初の山場が、2012年の新春合宿のときにやってきた。出版のコンセプトを、みんなで議論したときのことだ。とりわけ焦点になったのが、数あるアクティビティの中のどれを本書に収録し、それらをどんなカテゴリーで分類するのか、という点である。

あれやこれや色々な案がでて、紆余曲折があったが、最終的には「表現活動の三つのモード」(ことば、もの、身体)に対応するカテゴリーで章立てする、という案に落ち着いた。このカテゴリーこそ、獲得研の共同研究のオリジナリティを示すものだからである。

ここでの話し合いを契機として、つぎのステージに入った。①収録するアクティビティの絞り込み→②編集委員による「解説編」のラフ原稿作成→③「実践編」の執筆担当者決定→④執筆担当者による試行実践+実践報告→⑤原稿執筆、という流れである。

この間のプロセスでもっとも特徴的なのは、③の段階で、執筆担当者をエントリー方式で決めたことである。執筆してみたいと思うアクティビティに対して、会員が自分の判断で手を挙げる方式だ。もちろん項目によっては重複エントリーが生じるので、それなりの調整は必要である。しかし、ともかくも会員の自発性に依拠して執筆担当者を決める、とした点がポイントである。

こうして初稿が出揃ったのが、2014年の秋のこと、この段階までで3年が経過している。そこから更に1年かけて、原稿の改訂と「コラム」の追加を含む編集作業を続け、ようやく刊行に漕ぎつけることができた。

獲得研では、創設から足かけ10年の間に、97回の定例研究会をもち、5000通を超えるメールのやりとりを会員同士で重ねてきた。このことが象徴する通り、私たちがコツコツやってきた「アクティビティの体系化」という仕事は、辞書をつくるのにも似たとても地味な作業であり、いわば民主的な市民社会を形成するための基礎作業である。ただ、それこそが私たちのミッションだと思い定めている。

2020年の学習指導要領の改訂に向けて、アクティブ・ラーニングが、にわかに注目を集めている。今回は、90年代の「ディベート・ブーム」の時のような、特定の技法への注目とは違い、学習システムの改革を視野に入れている点で、時代の変化をより切実に反映している。アクティブ・ラーニングに注目が集まるのは喜ばしいことなのだが、ただ私たちのこれまでの経験からして、アクティビティの普及なしには、おそらくアクティブ・ラーニングの定着も難しいだろう、と考えている。

その意味で、私たちの研究もいよいよ正念場を迎えている。「せっかく未開拓の領域に踏みだしたのだから、とにかく行けるところまでいってみようよ」、そんなことをメンバーで語り合いながら、これまでと同様、これからもアクティビティ研究を続けていくことになる。

アクティブ・ラーニングとアクティビティ

97回定例会 014

昨日は第97回の定例会だった。新企画として、会員がもっている手持ちのアクティビティをみんなで体験する時間をもつことにした。まずは、最近『クラスがみるみるまとまる「毎日レク」』(明治図書)を出版したばかりの栗原茂先生(帝京小学校)がファシリテーターをしてくれた。

以下の文章は、獲得研のアクティビティ研究のスタンスにふれたもので、日本大学教育学会の「会報」(No.65 9月30日付)の巻頭言を再録したものである。

このところ「アクティブ・ラーニング」という言葉が、あちこちで取沙汰されている。学習指導要領の改訂に向けた動きの一環である。教育課程企画特別部会のだした「論点整理」を読むと、学習者の主体的・協働的な学びを実現するには、たんに特定の型を導入するという発想ではなく、「学び全体」を改善するという見方が必要だという。

たしかに、これまでともすれば特定の表現技法だけに社会的注目が集まる傾向にあった。1990年代のディベート・ブームがその典型だし、2000年代のプレゼン・ブームにも似たような面がある。それに対して、今回の「アクティブ・ラーニング」の特徴は、学習システムの改革に焦点があたっていることだと言えるだろう。

90年代から、「日本の授業のバランスを、知識注入型から参加・獲得型の方向にむけて徐々にシフトする必要がある」と提唱してきたものとしては、「四半世紀かかってようやくここまできたか」と、いささかの感慨もある。参加・獲得型の学習体験こそ、参加民主主義の基盤をつくるものであり、ひいては新しい市民社会の形成にもつながっていると考えるからだ。目指しているのは、「自立的学習者=自律的市民」を育む教育である。

ただし、ことはそう簡単ではない。実際のところ、なんらかの「アクティビティ」を介在させることなしに、アクティブ・ラーニングも獲得型授業も成り立たないのだが、現状ではそれさえ共有されていないからである。ここでいうアクティビティとは「学習者が主体となって取り組む、さまざまなゲーム、ロールプレイ、シミュレーション、プレゼンテーション、ディスカッション/ディベートなど諸活動の総称」である。このアクティビティこそ学びの場における「共通言語」であり、スポーツでいえばルールにあたるものだ。

アクティビティが共有されてこなかった理由は色々ある。その一つに、日本の場合、教育内容の国家的統制が際立って強いことが挙げられる。その分、教育内容ほどには教育方法に関心が向かわず、さらには教育方法研究の土壌が深く耕されてこなかったからである。

それで2006年に、「参加型アクティビティの体系化と教師研修システムの開発」を課題とする獲得型教育研究会(略称:獲得研 会員:45名)を創設し、「獲得研シリーズ 全5巻」(旬報社)の刊行に取り組むことにした。獲得研では、新しい社会の共通教養の中核に、参加型アクティビティの習得を据えたいと考えている。

これまでに16の「ドラマ技法」、70の「ウォーミングアップ技法」を解説する本を刊行し、近くシリーズ第3巻にあたる『教育プレゼンテーション』(30技法を収載)をだす。いつもの通り、技法の「解説編」と「実践編」をセットで紹介する本で、小学校から大学までの様々な授業実践を並べている。

足かけ10年の間に、96回の定例研究会と5000通を超えるメールのやりとりを重ねてきたわけだが、私たちがコツコツやってきた「アクティビティの体系化」という仕事は、いわば民主的な市民社会を形成するための基礎作業であり、まあ、辞書をつくるのとそう変わらないとても地味な仕事である。ただ、それこそが私たちのミッションだと思い定めている。

「未開拓の領域だから、とにかく行けるところまでいってみようよ」、メンバーとそんなことを語り合いながら、これからも共同研究を続けていくことになる。

あかり座沖縄公演

20150820all1

今回のあかり座公演は、3者―獲得研、沖縄歴史教育研究会、不屈館―の共催である。テーマは「教育プレゼンテーションで学ぶ沖縄現代史」。会場を提供していただいた「不屈館 瀬長亀次郎と民衆資料」は、民設民営の組織だ。(写真:久しぶりに座旗も登場)

あかり座沖縄公演 012

第1次公演(2005年)から数えて10年目。会員の(自己)研修という性格は変わっていないが、今回の第2次沖縄公演には、新しい要素がいくつもあった。最大の変化は、公演の性格そのものにある。前回の公演は、「中高生のためのアメリカ理解入門」(明石書店)を使った公開授業を嘉手納高校と沖縄大学で行うもので、どちらかと言えば、開発したコンテンツの普及に比重があったといえる。(写真はガイダンス風景)

あかり座沖縄公演 015

それに対して今回の公演は、不屈館の資料を素材として「ニュース・ショー」形式のグループ・プレゼンテーションを創るもので、沖縄の先生たちに平和学習の新しい方法を提案することに目的がある。「第五福竜丸記念館」、「東京大空襲・戦災資料センター」の資料で試行した“教師たちのプレゼンフェスタ”のノウハウを、沖縄でも活かしてもらおうというのだ。(写真は、内村館長に取材中)

近くの若狭公民館でプレゼンの作成を進める

近くの若狭公民館でプレゼンの作成を進める

ただ、こと沖縄現代史の理解ということになると、当然のこと現地の先生たちに依存する度合いが高くなる。室中直美さん(国際文化フォーラム)のように、50回も沖縄に通っている猛者もいるにはいるが、獲得研のメンバーが沖縄史の専門家という訳ではないからだ。

若狭公民館からみる夏空

若狭公民館からみる夏空

今回は、そのあたりのコラボレーションが絶妙だった。ことに大城航先生(泊高校)の基調提案「沖縄における現代史学習の課題」で、沖縄の基地化が沖縄戦の前からの周到な計画によるものだったこと、住民を収容所に入れている間に米軍による土地収用が行われたこと、従って沖縄戦こそが沖縄現代史の起点となっている、という認識が示されたことが大きい。これまでのような「沖縄戦の終結で終わる平和学習」を変えていく必要があるというのだ。

8月20日は、3つのチームに分かれてプレゼン作成に挑戦した。午前9時半に受付開始、11時過ぎにメンバーが発表されて、3時には発表本番となる。何しろはじめて出会う者同士である。4時間の間に、自己紹介から、リサーチワーク、テーマの絞り込み、シーンづくり、リハーサルまでいく。昼食時間の確保も必要だから、時間のマネージメントということが大きなカギになる。

「基地全面返還10年」「理不尽からの距離」「民衆と瀬長亀次郎」と題された3本の発表は、どれもよく練られた内容で、その分、振り返りのセッションも活発なものだった。すでにMLで公演の感想が飛び交い始めたが、成果と課題は、9月の例会で整理されることになっている。

ともあれ、大きな手応えを得た沖縄公演だったことは確かである。

獲得研の第4期にむけて

書斎の窓から山桜をみる

書斎の窓から山桜をみる

「春のセミナー」(3月26日)が無事に終わり、この4月から、獲得研の共同研究が第4期(10―12年)に入った。いまちょうど会員の再登録も行われている。

新学期の準備があったとしても、セミナーが終わると、例年はちょっと息をつく時間があった。今年に関していえば、2015年度中のプロジェクトの下ごしらえで、てんてこ舞いの忙しさである。セミナーのすぐあとで開かれた運営委員会も、新しい議題が満載だった。

幹を横切って花びらがはらはらと流れる

幹を横切って花びらがはらはらと流れる

気がつけば、あっという間の新学期である。書斎の窓から毎日眺めている八国山の桜が、見事に咲いた。それで久しぶりに尾根道を歩いてみた。

へえ、こんなにあったのかと驚くほど、あっちにもこっちにも山桜の古木がある。 クヌギやナラよりも色黒の幹に、桜色がよく映える。

満開のソメイヨシノももちろん良いが、私は花と若葉がほどよく混じった山桜の複雑な表情を好む。いちいち足をとめて幹の姿や花のつき具合をみるせいで、いつもの散歩よりずいぶん時間がかかった。

若葉の緑が刻々と濃さをます

若葉の緑が刻々と濃さをます

獲得研10年目の今年は、公開プログラムをたくさん用意している。前期にかぎっても、6月の成蹊小学校の授業見学、7月の日英ドラマ教育/シティズンシップ教育セミナー、8月のあかり座沖縄公演と企画が目白押しだ。

いつにもまして忙しい1年になりそうだが、その分、新しい成果も期待できる。

2016年の春のセミナーは、さまざまな成果を持ち寄って、獲得研の10周年を盛大に祝いたいと思っている。

福山一明さんの最終講義

福山一明さん(明星高校:英語)は、“高「変さ値」人”がそろった獲得研でもひときわ異彩を放つ人だ。日曜日に、学苑の視聴覚ホールで福山さんの最終講義があった。10年前、旧あかり座の凱旋公演をしたその場所に、100人近い卒業生が陣取っている。

例会・福山先生の会 012

そもそも高校教師の最終講義というのも珍しいが、いってみたら、どこにも「講義」の気配がない。演壇にはギターが並び、いつもの「福山オン・ステージ」のしつらえである。実際にはじまってみると、本人の歌と参加者の即興スピーチで40年近い教師生活をふりかえる1時間半の音楽構成劇になっている。矢沢永吉からビートルズまでの7曲の中に、獲得研コンビの自作曲「今夜もシングルモルト」(作詞・福山、作曲・田ヶ谷省三)がちゃんと入っている。

進行も福山さん本人がやる。突然ステージに呼び出されるスピーカーの本音トークがまた面白い。和田俊彦さん(跡見学園)にいたっては、「授業で歌ばかり歌ってないで、ちゃんと英語も教えてくださいよ」と福山さんに注意する校長先生の演技を、即興でやらされた。田ヶ谷さん(立川市生涯学習指導協力者)も、もう一人の高「変さ値」人・藤牧朗さん(目黒学院)もステージに立った。

例会・福山先生の会 025

福山一明さんは熊本育ちである。今回分かったのは、福山少年にとって「英語と音楽」が山の向こうの新しい文化の象徴だったこと、そして、その後のロンドン暮らし、東京暮らしでも、その憧れをずっと抱き続けてきたということだ。福山さんは、いまも英語大好き人間であり音楽大好き人間である。

あかり座の『中高生のためのアメリカ理解入門』(明石書店)で、福山さんは「メジャーリーグ野球」を担当した。それで彼の英語授業のテーマソングが“Take me out to the ball game”になった。どのクラスでもギター片手に歌唱指導する。てっきり教室にギターを持ち込むきっかけがそれだと思っていたが、どうもそうではないらしい。イギリスから戻って明星に赴任した35年前から、授業でギターを弾いていたという。最初の授業に、シカのかぶりものをつけて登場したというエピソードもきいた。パフォーマーの面目躍如である。

例会・福山先生の会 023

福山さんは、自分の興味関心(あるいは欲求といってもいい)に忠実なひとである。「これだ!」と思ったらとことん突き進む。そのあけっぴろげの正直さを魅力だと感じる人たちがこうして集まってくる。

“全力少年”が少年の心を保ったまま定年を迎えた。めでたいことである。そして福山さんをのびのびと活躍させてきた明星学苑の懐の深さに感心する。いま日本の学校文化から急速に失われつつあるものが、その懐の深さだからである。

新春合宿で東京大空襲を考える

新年の活動はいつも獲得研の新春合宿からはじまる。2日目(1月5日)のプログラム“教師たちのプレゼンフェスタ”でニュースショー形式のプレゼンをつくった。半即興が特徴のフェスタとあって、当日の朝に、企画担当者がテーマを発表する。

センターの外観

センターの外観

今回のテーマは戦争体験の継承である。”戦後70年・東京大空襲をくぐり抜けて”がタイトルだ。タクシーが4台玄関でまっていて、「東京大空襲・戦災資料センター」(江東区北砂1丁目5-4)を訪ねる。まるでミステリー・ツアーみたいな2時間の取材行のはじまりだ。センターの建物は、町並みにとけこんだ瀟洒な3階建て、2階が会議室兼資料コーナー、3階が遺品などの展示スペースになっている。

2階の会議室

2階の会議室

センターの2階で、空襲の語り部・二瓶恰代(にへい・はるよ)さんの体験をうかがった。二瓶さんは、国民学校2年生のときに亀戸駅の近くで罹災し、焼け焦げたいくつもの遺体の下敷きになったことでかろうじて命を永らえた方だ。記憶は明晰、体調不良をおしてきてくださったこともあるが、こちらもよほど集中していたのだろう、気がつくと40分ほどのお話で手帳のメモが6ページになっていた。

合宿会場に戻って、3つのチームが、それぞれ5分間の発表をつくる。お昼時間をはさんでいるとはいっても、実際に準備に使える時間は1時間半しかない。この時間がまた素晴らしく濃密だった。

3階の展示スペース

3階の展示スペース

3つのプレゼンはそれぞれ視点が違っている。私たちAチームは、2025年に時間を設定し、日米の資料をつかって戦後80周年の特集番組を流すという設定にした。上手と下手の振り分けで、上手は米軍の作戦会議の場面と爆撃の場面、下手では戦争の行く末安をいだくはる子さん父子の会話の場面と摂氏千度の猛火のなかを逃げまどう場面、この4つのシーンを交互に演じていく。最後に、ゲストとしてはる子さん本人がスタジオに登場して「戦争がないこと、それが平和の基本です。人を思いやる優しい気持ちがつながったとき、人は生きられるのです」というメッセージを語る。これはセンターで聴いた二瓶さん自身のメッセージである。

Bチームの発表(街頭インタビューの場面)

Bチームの発表(街頭インタビューの場面)

Bチームは現代の番組という設定で、大空襲の司令官カーチス・ルメイの孫と早乙女勝元さんが、インタビューにこたえてそれぞれの主張を語るというもの。Cチームは、1945年の番組という設定である。まず現地レポーターが、学校と地域の防空訓練の模様を伝える場面。住民も消火活動をせよ、消火できるんだという「防空法」のもとでの訓練である。次に、下町大空襲の悲惨を知った住民が、自主的に避難して比較的被害を少なくした山手空襲の場面を演じる。この対照をもとに「本当のことって、いったい何なのだろうねえ?」と課題提起する番組になった。

昨春の「第五福竜丸記念館」訪問もそうだが、獲得研が平和教育にどう貢献できるのか、その手探りがはじまっている。「資料館を見学し、後日感想を書いて提出する」というこれまでの定型的なプログラムと違う選択肢があってもいいのではないか、ということだ。語り部の方々の高齢化もあって、戦争体験の継承の仕方が否応なく変更を迫られ、新しいスタイルの創造が緊急の課題になっている。

Cチーム(空襲の混乱のなかで)

Cチーム(空襲の混乱のなかで)

資料館で受けとった情報や刺激を、グループで話し合って咀嚼し、演劇的発表にモード変換する活動は、その試みの一つである。こうすることで様々な展開が可能になる。お互いの発表をみてから、それを素材にしてみんなで話し合ったり、あるいは発表後に追加リサーチをして報告書を作成したりというように、一連のプロセスに組み込むことができるからだ。

資料を分析してメッセージをつくり演劇的手法で表現する。それは、自分の内面と身体をくぐらせる学びであり、より深い体験につながる可能性のある学びである。ただし、悲惨な場面をただリアルに再現し追体験する表現活動になったのでは、パターン化を免れない。そこに批評性や象徴性というものをどう介在させるのか、それがポイントになるだろう。

獲得研メンバーの「研修プログラム」としてはじまったこの試みは、まだまだ実験段階である。これをどう育て、どう広げていくのか。さいわい今回は、企画担当の早川則男先生(中村高校)のはからいで、センターの主任研究員山本唯人さんに観ていただくことができた。

こうした連携を大切にしながら、いろんな知恵をもちよってプログラム開発をしていきたい、と思っている。

(東京大空襲・戦災資料センター
URL:http://www.tokyo-sensai.net/index.html)

第3期をめぐる所感

プロジェクト方式と呼んでいるが、獲得研は3年を1区切りとして活動し、その都度メンバーの再登録もおこなっている。今春でちょうど丸9年、区切りの年である。第4期に入るにあたって、この3年で達成できたこと、できなかったことを振り返る。その手がかりにしようと、メーリングリストにこんなメッセージを書いた。

右手は後述する「アメリカ取材記録」の表紙

右手は後述する「USA取材旅行記録」の表紙

「中原先生が年末に刊行したフォト・クロニクル『獲得研の記録②2012・2014』(私家版 143頁)を手もとに置き、ゆっくりページを繰りながら年を越しました。この写真集は、2012年から2014年の3年間の記録ですから、知らない人がみても、獲得研の第3期の活動がまるまるイメージできる内容です。

中原さんはいつもそうですが、わたしたちが無意識にする表情や身体の動きを、その微妙な移ろいまでふくめてみごとにキャッチします。そのせいでしょうか。被写体になった人たちの表情のなんと豊かなことか。「ああ、こういう柔らかくて居心地のよい空間が獲得研の共同研究の土壌なんだなあ」ということが改めて確認できます。

それと同時に、獲得研の第3期がどんなに生産的だったのか実感しました。所期の研究活動では、シリーズ第3巻『教育プレゼンテーション』(旬報社)の執筆・編集に取り組んだこと、また「あかり座公演」として大阪のTACT、インターアクト年次大会に取り組んだことがあります。HPがますます充実し、英語版HPは国際共同研究で大いに効果を発揮してくれています。

イギリスの友人から届いた新年のe-メイルカード

イギリスの友人から届いた新年のe-メイルカード

その他にも、「レクチャー・シリーズ」が定着し多彩な刺激を受けることができました。八木ありさ先生に、会員としてまた第3巻の執筆者として獲得研に関わってもらうようになったことがその象徴です。また「異文化間教育学会・第34回研究大会」を運営し、その成果をまとめた『教育におけるドラマ技法の探究』(明石書店)を刊行できました。さらには演劇的手法をつかう半即興スタイルのグループ・プレゼンテーション「高校生プレゼンフェスタ」がすっかり定着しましたし、「高校生意見発表会」の10年間の成果も報告書にまとまりました。

「たった3年間で、よくぞまあここまで!」というのが本を閉じての印象です。とはいえ、まだまだ道半ば、今年は第4期に入ってさらに新しい展開がみられるはずです。まずは新春合宿、そして春のセミナーです。みなさま本年もどうぞよろしくお願いいたします。」

中原道高さん(都立目黒高校 美術)は、シリーズ本の執筆者にして獲得研の専属アーティストである。写真記録はもちろんポスターからロゴ制作まで一手に引き受けてくれている。その中原さんが、同じ時期に『USA取材旅行記録 2003』(私家版 95頁)もつくった。ニューヨークからロサンゼルスまで、アメリカ横断取材を敢行し、参加型教材『中高生のためのアメリカ理解入門』(明石書店)をつくったときのもので、いわば獲得研の原点である。

2冊並べて懐かしく足跡をたどるうち「ありゃりゃ」と思うことがあった。ほかならぬ自分自身のルックスである。10年の間隔があるのだから経年変化は当然なのだが、それにしてもまんまる顔の度合いが相当に進んでいる。いくら容貌に無頓着だとはいっても、これはこれは・・・。

それで、新年早々、生活習慣についていたく反省させられてしまうことになった。

目黒学院中学・高等学校の発表会

桜の名所・目黒川を越えて学校に行く

桜の名所・目黒川を越えて学校に行く

昨日、東横線の中目黒駅にほど近い目黒学院中学・高等学校で、生徒の「プレゼン技法研究発表会」があり、獲得研のメンバー11人がゲスト・コメンテーターとして登壇した。遠くは、徳島大学の三隅友子先生も参加している。目黒学院は、獲得研の藤牧朗先生が進学・学習指導主任をつとめる学校である。

ちょうど中1から高2までの生徒たちが、目黒学院の悟林祭にむけてプレゼンテーションの準備をすすめている最中で、ホールを使って、その途中経過を公開するという発表会である。客席に、父母の姿もたくさんみえる。

南房総校外授業、富士登山、US/ASIAセミナーなどの成果を、16チームが順番に発表する。持ち時間は2分から5分、司会進行も生徒がやる。タイトルに「プレゼン技法」という言葉が入っているだけあって、内容はもちろんのこと発表技法も多彩である。ポスターとパワーポイントの活用が目立つが、クイズ形式ありディベート形式あり英語での発表あり、とさまざまに工夫している。

朝のホーム・ルームで取り組まれている“スピード・ラーニング”について発表したチーム(中1)は、いま身をもってプログラムの効果を検証中なので、はたして私たちがペラペラになれるのかどうか「半年後に見解を報告します」とやって会場の笑いをさそった。ブルネイの立憲君主制について発表したチーム(高2)は、洋服から帽子まで準備、国王その人に「なって」現地での見聞を分析して喝さいを浴びた。山陰の鉄道交流会について楽しそうに発表した鉄研チームは、その詳細さが裏目にでて「時間超過=発表中止」の憂き目をみた。なんとも和やかな研究発表会である。

ホール一杯につめかけた生徒たちの反応が温かい。数学の先生、国語の先生も発表者として参加していて、教科の意義と授業のねらいをそれぞれプレゼンした。これを生徒たちと横並びのプログラムでやってしまうところが凄い。それで、獲得研のメンバーが口々に「ここは家族的な雰囲気がある学校だよねえ」と感想をもらす。

今回のプログラムは、きわめて先進的なものだ。1つは、一貫校という条件を活かした企画である点だ。当然のこと、上級生がロールモデルになるから、その教育効果は計り知れない。もう1つは、プレゼンの完成度を問題にしないことだ。プロセスを公開する発表会だからだ。これで登壇者側のハードルはぐんと低くなる。それに、お互いの発表をみたりコメントをもらったりすることで、改善へのヒントをえることもできる。

企画の発案者である藤牧先生は、獲得研では“「変さ」値”の高い人として知られている。なにしろ、理科、社会など、教職関連の免許状を10枚もっているほかに、温泉ソムリエの資格もある。藤牧さんの柔軟な発想があって、こうした新しいコンセプトの発表会が生まれた、ということだろう。

司会をやった武藤くん(高2)の閉会挨拶がまた良かった。どちらかというと引っ込み思案で、人前にでるのが苦手だが、去年の第13回「高校生プレゼンフェスタ」(於:跡見学園高校)に参加して、自分でも少し変わったような気がする。思いがけないことだが、いまはこうして司会までしている。これからも失敗を恐れずにチャレンジしていきたい。気取りのない自然な語り口で、武藤くんがそんなことをいった。

今回のコメンテーター陣には、早川則男委員長(中村高校)をはじめプレゼンフェスタ関係者がたくさんいる。こんなスピーチを聴かされてしまったら、今年のプレゼンフェスタも張り切らざるをえないだろう。

目黒学院の生徒の応援団のつもりででかけたが、逆にこちらの方が励まされてしまったという具合である。

シリーズ第3巻の編集が進行中

2015年3月の刊行に向けて、獲得研シリーズ第3巻『教育プレゼンテーション』の編集作業が本格化している。週末の編集委員会は8時間におよんだ。

獲得研の本はどれも、完成までに膨大な時間がかかる。アクティビティ・ブックと称してはいるが、ただの技法解説書ではない。日本の現実に適合するものかどうか、一つひとつのアクティビティの汎用性を検証したうえで、「技法解説」と小学校から大学までの「実践事例」をセットで掲載する方式をとっているからだ。今回の本でも、30のプレゼン技法と36本の実践事例をセットで紹介する。

各人の原稿は、いったんすべてメーリング・リストにアップされ、メンバー全員がお互いの原稿を読めるようになっている。それをプリントして持ち寄り、編集会議をひらく。いまはラフ原稿の段階だが、やりとりに半年かけて完成稿にしていく。もちろん、原稿が変わっていく様子も、みんなで共有する。

獲得研では、新しい時代の共通教養の中核に、参加型アクティビティの習得を据えたいと考えている。参加民主主義が成熟するためには、一人ひとりの市民が、討議の経験を豊かにしたり、大小のコミュニティの運用に関与したりする経験が不可欠だが、そのプロセスには必ず何らかのアクティビティが介在している。

アクティビティの定着は、「自立的学習者=自律的市民」を育む教育の中心課題といってよい。いわばその基盤を整備する仕事が「獲得研シリーズ」の刊行である。

私たちがやっているのは、未来の市民に「共有財産」としてのアクティビティのストックを手渡す仕事である。未開拓の領域だから、時間と労力がかかるのは仕方のないことだと思っている。

獲得研シリーズ・第3巻の執筆

5月17日の定例会で、獲得研シリーズ第3巻『教育プレゼンテーション』の執筆分担が確定した。現場で活用できる30項目のプレゼン技法を一望できるアクティビティ・ブックである。これだけの項目を収録した本というのはまだ刊行されたことがない。

1巻、2巻と同様、3巻でも「技法のルール」とそれを活用した「実践報告」をセットで提案する。読者が、実践場面に即して技法の活用をイメージできるようにする、それが獲得研シリーズのコンセプトだからだ。今回は、28名の執筆者が、合計36本の実践報告を寄稿することになっている。

ではプレゼン技法をどういうカテゴリーで分類するのか、また総計でいくつの技法を盛り込むのか、ずいぶん時間をかけて議論してきた。その結果、前者についていえば、かねて獲得研が提唱している表現活動の三つのモード「コトバ、モノ、身体」を章立てに援用すること、後者についていえば、メインの技法を24項目まで絞り込むことにした。第1巻(ドラマ技法)で16項目、第2巻(ウォーミングアップ技法)で70項目、それぞれ収録しているから、今回は第1巻に近い構成になる。

実際のところは、かえってたくさんの技法を盛り込む方が、絞り込むよりも易しい。ただ、獲得研は一群のアクティビティをきたるべき時代の新しい共通教養にしたいと考えていて、「学習スキルのミニマムとは何か」を探ってきた。だからこそ、技法を精選する作業は避けて通れない。

シリーズ本制作の醍醐味は、なんといっても定例会でのディスカッションにある。小学校から大学までの教師が、共通テーマの実践(報告)を真ん中において、あらゆる角度から思考実験をくりかえす。滅多にできる経験ではない。今回、収録数を絞り込んだということは、それだけ個々の「実践報告」の比重が大きくなったということでもある。

早速、定例会で「教師/生徒」の変容をどう記述するべきなのかが議論になった。ひと口に変容というが、これを説明しようとしたら、短期的なもの・長期にわたるもの、採用した方法の影響によるもの・内容によるもの、計測可能なもの・不可能なもの、眼にみえるもの・見えないものなど、着眼点が色々にでてくる。

ことほど左様に実践研究は奥が深く、研究方法のスタンダードも固まっていない。ただ、それだからこその面白さもある。道なきところに道を拓く面白さである。

現場をもつ当事者による臨床的研究が、「実践研究」の領域として自立できる条件は何か、それを探ることが獲得研のミッションである。こうした課題を正面に掲げるにあたっては、8年かけてそれなりの成果を蓄積してきた背景がある。

これまでもそうしてきたが、今回も、3巻の制作を通して新しいルートの開拓にみんなでチャレンジしてみたいと思っている。