愛知県春日井市役所の向かいに「文化フォーラム春日井」という立派な建物がある。そこの「日本自分史センター」を訪ねた。自分史をテーマとする唯一の公的施設で、全国から寄贈された出版物1万冊を収蔵している。

文化フォーラム春日井、センターはこの2階にある
専任講師の安藤錦風(紀夫)先生の解説がおもしろかった。「自分史」という言葉は、もともと色川大吉さんの用法によるものらしいが、普通の市民が自分の人生を綴るもので、有名人の書く「自叙伝」というような物々しい雰囲気のものではない、という。センターでは、自分史の普及のために、文章講座、添削サービス、サークル活動とさまざまに工夫をこらした活動を展開していて、「掌編自分史全国公募事業」も12年続いている。
全国の動向から執筆のポイントまで、なんでも教えてくれる安藤さんは、自分史の生き字引のような方である。1980年代のはじめころは、300冊印刷して費用が300万円もかかる時代だったから企業人の自伝が多かったが、その費用が半額以下になってじょじょに裾野が広がり、発行点数も増えていったらしい。

右が安藤先生、左はかすがい市民文化財団の横谷朋子マネジャー
大震災後のいまは「第5次のブームです」という。もちろん社会の高齢化も背景にあるのだが、未曽有の災害に直面して自分の存在理由を探す人たちが増えたことが大きい。なにかと話題の「エンディング・ノート」も広くは自分史のジャンルに入る。それでは、さぞかし退職年齢になった団塊世代の人たちが殺到していることだろう、と思いきや「そんなに文芸的な世代でないようですよ」ということだった。肩すかしである。

右のテーブルが相談コーナー
せっかく書きはじめてみたものの、途中で挫折してしまう人も多いらしい。その対策として、自分の誕生から筆をおこす大河ドラマ風の書き方ではなく、強い印象を残したエピソードから順番に書く「短編集」のやり方を推奨しているという。「“自分探し”と言われますが、文章に書きだして考えることで、自分を再発見するということがよくあります。だから、若い頃から自分史の考え方に触れて欲しいんです」という。それがひいては自分史のすそ野を広げることにもつながる。
JRの春日井駅は、名古屋の中心部から電車で20分ほどの場所である。ここにニュータウンができ、文化的なものをもとめる新住民の意識が自分史センターの設立を後押ししたのだった。このあたりは小野道風の出身地とされているから、「筆をペンにもちかえて自分史を書く」ということになる。全国で唯一というその意気込みが素晴らしいではないか。
5月23日(土)には、『自分史の書き方』を刊行した立花隆氏らをゲストに迎えて、「第17回自分史フェスタ」も開かれる。
日本自分史センター:http://www.kasugai-bunka.jp/jibunshi