だんだんリタイアの年齢が近づいてくる。そろそろ人生のスタンスを定める時期にきているのではないか、という考えが突然ひらめいた。
これまで十分に仕事もしてきたし、我慢だってしてきたつもりである。そこである日、妻に向かって断固とした態度でこう宣言した。
「これからは、やりたくないことはしない。やりたいことだけやって生きていく」。
さらにダメ押しとして「尊敬するI先生だって、晩年そう言っていた」と付け加えるのを忘れなかった。
いや私とて、妻の顔に多少の共感の表情が浮かぶだろうことを期待していなかったと言えば嘘になる。それどころか、チョッと頭でも下げて「本当にご苦労様でした」の一言ぐらいあっても良いはずだとさえ考えている。
ところがである。妻の表情はいたって冷静、あまつさえ私の目をまっすぐ見て、こう言い放ったのである。
「じゃあ、いままでと同じね」。
しばらく沈黙があって、私は言葉をつぐのを諦め、だまって席を立った。