月別アーカイブ: 2月 2019

教育の方法・技術論の教科書が完成

昨年来、集中して制作に取り組んできた『教育の方法・技術論』(Next教科書シリーズ:全10章+資料編 弘文堂)がようやく完成した。深く美しい色のカバーをまとった本である。各章の執筆者として、日本大学の各学部に所属する教育学関係の先生たち(5名)と獲得研の先生たち(3名)に加わっていただいた。

「教育の方法及び技術」は教職コースの必修科目である。そこで今回は、新しい学習指導要領を視野に入れ、アクティブ・ラーニングについて学ぶだけでなく、実際にアクティブ・ラーニングを経験しながらその指導法も学べる教科書をつくることにした。いわば“入れ子構造”になっているのが、この教科書の特徴の一つである。

 Next教科書シリーズでは、人文・社会系の30科目以上の本がすでに刊行されているが、弘文堂はこのシリーズ以外にも沢山の教科書を出している。さすがに専門出版社だけあって、その編集作業は極めて緻密なものである。

ただ、弘文堂の本といえば、私の中では、河上肇『貧乏物語』、土居健郎『甘えの構造』、大塚久雄・川島武宣・土居健郎『甘えと社会科学』などの印象がつよい。とりわけ、恩師・武田清子先生の初期の代表作『人間観の相剋―近代日本の思想とキリスト教』(1959年)がそうである。

60年の時を隔てて、まさかその弘文堂から、獲得型教育の理念をベースにした教科書をだすことになるとは・・・、届いた本を手にして、不思議の感にとらわれている。

石井英真氏×渡辺貴裕氏の対論

獲得研のHPで報告されているが、12月例会で、石井英真(京都大学大学院准教授)、渡辺貴裕(東京学芸大学教職大学院准教授)両氏の対論があった。いま教育方法学の分野で、もっとも勢いのある40代の研究者たちが「研究する教師×省察する教師」をテーマに語り合ったのだ。

獲得研会員の渡辺貴裕さんの仲介で実現した企画である。お二人は田中耕二先生の門下生で、京大の教育方法学研究室で学生のころから刺激しあってきたらしい。

「教科する授業」など独自の用語やフレームをつくって自在に語る石井さんとご自身の実践を軸に具体的事例を通して省察の概念を深める貴裕さんの研究スタイルの違いがクッキリ見えて、実に楽しい会だった。

両者に共通しているのは、ご自身の理論を、学術論文だけでなく一般書の出版に結びつけて展開していく仕方である。年明けに渡辺氏がだした『授業づくりの考え方』(くろしお出版)にも、貴裕さんの研究スタイルがよく表れている。

学生の模擬授業を素材にして「授業づくりの考え方とそのための学び方の獲得」について考えるこの本は、読みやすいだけでなく”たくらみ”も満載である。小2から小6まで10の模擬授業を素材にして、大学4年生5人(明くん、咲希さん・・・)が語り合い、教師(わたあめ先生なるキャラクターで登場)が絶妙の距離感でアドバイスする。

わたあめ先生の理論的解説と具体的事例とが間然しない書きぶりになっているところに、著者のなみなみならぬ力量がでている。大学の授業実践をベースにしたこの本は、教育方法学における「当事者研究」の新しい成果といってよいだろう。

新年度の卒論ゼミが始動

今日、2019年度の卒論ゼミの顔合わせがあった(1人欠席)。新年度のゼミの特徴は、メンバーの半分にあたる5人が、1年生の基礎論から始まって、3年、4年とずっと私のゼミ生できたことだ。

従って、最初から和気あいあいの雰囲気である。山田みずほさんに幹事になってもらったのだが、こちらから幹事を指名すること自体が初めてのことである。

もう一つの特徴は、メンバーの半分が、アクティブ・ラーニング関連のテーマで論文を書こうとしていることだ。今年もアクティブ・ラーニングで書いた人が何人かいたのだが、それにしてもこれだけ様々な角度から同一テーマで卒論に挑戦するというのも初めてである。

私自身のいまの問題関心とも一致している。春からグループワークを通じて、お互いに刺激しあうことになるが、そこから一体どんな論文が生まれるてくるのか、いまから楽しみである。

竹内好春『本を作って60年―その楽しさときびしさ』

「本を楽しもう会」の竹内好春さん(岩波書店OB)から、自分史『本を作って60年―その楽しさときびしさ』(私家版 142頁)をいただいた。

竹内さんは、1950年に岩波書店に入社、出版部・製作課で本づくりをしていた方だ。製作の仕事というのは、「造本の決定、印刷・製本所への的確な指示と、進行管理を行うこと」らしい。

この本は、ご自身が制作にかかわった作品を編年体で紹介し、その説明として函やカバーのデザイン写真(37頁)と付録(本文組み、図版頁の例 33頁)をつけたものである。いかにも製作畑の人らしく、仕事の軌跡で自分を語るユニークな自分史になっている。

 収載された本のラインナップをみると、古今東西にわたるテーマと言い、文系・理系を問わぬ著者と言い、まさに壮観である。私自身がお世話になった本もたくさん含まれている。

とりわけ印象に残る本には、短いコメントやエピソードが添えてある。せいぜい10行ほどだが、そこに失敗談も人間観察もあってこれが滅法面白い。味わい深いアンソロジー集の趣なのだ。

2003年の『岩波講座 天皇と王権を考える 9・生活世界とフォークロア』(全10冊)にはこんなコメントがある。ちょっと長いが、製作の仕事が分かるので、そのまま引用してみよう。

新刊本の「校了」は、毎回神経を集中する。あらかじめ確認すべき事項がすでに整理されているので、それにしたがって作業を進める。タイトル・著訳者名(新字・旧字に注意)、ページノンブル、柱、改丁・改頁などの確認。目次と本文の照合。その際前付け、後付けはとくに注意する。はしがきが、はじめに、になっていたり、索引が、人名索引になっていたりすることがよくある。大きな文字の誤りに気づかないことがよくある、要注意だ。基本は確実なものと照合することである。これらを終わった後、一休みし、ぼんやりする。このぼんやりが大変大事だ。最後にもう一度、初めから終わりまで、ゆっくり眺めて、「校了」の朱印を捺す。
やがて印刷が終わり、一部抜きが届く。その一部抜きで、全頁もう一度、書名、著者名など、校了時に行った確認作業や、刷の調子などを丁寧に見る。終わりはたいてい奥付を注意深く点検することである。いままでいったいどのくらい奥付をみてきたか。
私は、本を創った人、作った人、造った人、つくった人、そしてツクッタ人が、みんな奥付に集まっているように思う。

通読して、なるほど岩波書店の出版文化というものが、竹内さんのような人たちに支えられて成り立ってきたのか、と想像することができた。同時に、これまでもっぱら著者として本づくりをしてきたが、本というものが、一体どれだけたくさんの人たちの努力でつくられているものなのか、改めて考えさせられた。

どうやら座右の書が一冊、増えたようである。