月別アーカイブ: 8月 2016

パリのタクシー・ドライバー

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先ほどサン・ジェルマンのホテルに入った。バカンス大詰めの日曜日とあって、さすがに街中が閑散としている。車でマドレーヌ教会の前を通ったがほとんど人影さえなかった。

空港で乗ったタクシーのドライバーが愉快な人だった。今年のひどい暑さの話からはじまって、いつしかバカンスの話題になり、問わず語りに自分の話をしてくれる。

チュニスでバカンスを過ごし、昨日仕事に復帰したばかりらしい。「じゃあ、チュニジアの出身なの?」と聞いたら、ご本人ではなく奥さんがチュニジア出身だという。自分の車でマルセイユまでいき、フェリーで向こうにいったらしい。

パリの自宅からマルセイユまでほぼ800キロ。お昼ごろに家をでて夜中の12時過ぎに港についたという。「まだ子どもが小さいから、あちこちで休憩して、アイスクリームを食べさせたりしながらゆっくりいくんだよ」とのこと。どうも道中自体がレジャーのようだ。話を聞いていると、東北自動車道でみかける家族連れのお盆帰省の様子によく似ている。

そういう話を、猛スピードで運転しながら話してくれる。ご本人は、アルジェリア系で、生まれたのはフォンテーヌブローから100メートルのところだという。

途中、事故渋滞にあっていつもの倍くらい時間がかかってしまったが、おかげで退屈せずにホテルについた。フランスでこんなにおしゃべりなドライバーに会うのは初めてである。

昨日のちょうどこの時間は、研究室の羽田積男先生、関川悦雄先生とミュンヘンのホーフブロイハウスでビールを飲んでいた。

羽田先生は中世の大学を訪ねてチェコ、ドイツ、イタリアをめぐる。関川先生はシーボルト関係の調査でスコットランドにいき、ホームグラウンドのドイツに入る。日本を発つ前に、たまたま3人の行程がドイツでクロスしていることがわかり、お二人が私のスケジュールにあわせて予定を調整してくれたのである。

ドイツ通のお二人と旅の情報交換をしながら飲むビールの味はまた格別だった。これが人生の面白さというものだろう。

リーメンシュナイダーはあった

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きょうはバイエルン国立博物館で15~16世紀にドイツ南部でつくられた木彫群を堪能した。アルテ・ピナコテークのグリューネバルトは空振りだったが、もう一つのお目当てリーメンシュナイダーの方はぶじに観ることができた。リーメンシュナイダーとそのサークルの作品3作が別館に展示されている。

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偶然よった受付で「リーメンシュナイダーはどこに?」と尋ねたところ、中年の男性が「すぐそこの部屋ですよ」とこじんまりした部屋を指差し、ついでに「こっちに先に来て良かった」と付け加えた。なんだろうと思ったが、本館にいってその言葉の意味が分かった。なにしろ展示品の数が膨大である。なるほど、本館の方をさきに観てしまったひには、リーメンシュナイダーをみるまえに神経がくたくたになっただろう。

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本館では、素木の作品から彩色まで、丸彫りからレリーフまで、作風も違えば大きさも違う様々な作品群がどこまでも続いている。宗教彫刻が中心だからキリストの磔刑像が多いのは当然としても、南ドイツの作家たちが、憂い顔の女性像をこんなにも長い間、こんなにも熱心につくり続けていたのか、ということも発見だった。

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昔、スペインの巡礼地サンジャック・デ・コンポステラを訪ねる途次、バルセロナのカタルーニャ美術館でロマネスクの木彫群をみて強いインパクトを受けたことがあるが、ほとんどそれ以来の衝撃だった。

一昨日は、お城見学ツアーで、ルートヴィッヒがつくった3つの城のうちの2つ―リンダーホーフ城とノイシュヴァンシュタイン城―を見、昨日はミュンヘンのレジデンツでバイエルンの王家があつめた伊万里・柿右衛門のコレクションをみた。

ゆったりしたスケジュールを組んだはずなのに、なんだか忙しい。いつもの通り万歩計をつけているのだが、ほぼ毎日、1万歩あるいている計算になる。

明日はパリに移動。そろそろ旅の疲れなんかが出てきそうないきおいである。

ミュンヘンで―グリューネバルトがない!

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ミュンヘンに移動してから、ポケットの小銭がやたらにふえた。茶色い1セント硬貨がどんどんたまってしまう。ハンガリーのときは、ポケットのなかがもっとシンプルだった。どうしてそうなったのか聞き忘れたが、そもそもハンガリーには1フリント硬貨というものがない。「2捨3入」という方式らしい。清算のときに0か5になってしまうからやり取りする硬貨が実にわかりやすかった。(上の写真は、アルテ・ピナコテークの内部、下はデューラーの自画像)

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もうひとつの変化は、ホテルの外を行きかう人がやたらに多いこと。ホテルがミュンヘン中央駅からUバーンで一つとなりのカールス広場にある。そのとなりの駅が中心部のマリエン広場である。中央駅にもマリエン広場駅にも、どちらにも歩いて10分かからない。都市の動線でいえば、人の流れの一番多いところに宿をとってしまったようだ。幸いなことに、部屋が最上階で、外の喧騒が嘘のように静かである。むしろブダペストのホテルよりも静かである。おかげで仕事が捗るのでありがたい。

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まずはアルテ・ピナコテークにいってみた。ルネサンス絵画のみごとなコレクションで知られている。ラファエロの母子像、レンブラントの連作、デューラーの自画像と見ごたえのあるものが多いが、肝心のグリューネバルトの作品が見当たらない。「辱められるキリスト」「聖エラスムスと聖マウリティウスの出会い」の2点である。受付で聞き会場係のひとにも聞いて探してもらったが、どうも展示されていないようだ。(上は、アルテ・ピナコテークのカフェテリア)

ここでグリューネバルトの2点をみてから、フランスのコルマールにいき、例の“イーゼンハイム祭壇画”をみるつもりだったので、いきなり計画がとん挫してしまった。

すこしがっかりして外にでたら、ガイドブックにない建物がある。新しくできたエジプト博物館である。これが意外な収穫だった。展示品のレベルということでいえば、大作が目白押しにならぶルーブルの大迫力はない。驚いたのは展示空間のデザインの見事さ、ディスプレイ画面のハイテクさ、そしてスタッフの熱心さである。

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専門博物館だけあって展示品の種類も多い。ルーブルの「書記の像」は大好きな作品のひとつだが、わたしはここではじめてエジプト彫刻のバリエーションの豊かさというものを知った。

身なりのいい初老の男性が、第1室につながる大きなガラスのドアをわざわざ手で開けてくれて、どう展示をみたらいいのか、アドバイスまでしてくれる。優雅なものである。お客がわんさと押し寄せるルーブルとは対極のたたずまいだ。

それで「ああ、ここが現代ドイツのひとつの側面を象徴するところなんだろうなあ」と感じたことだった。

ブダペストのオペラ座見学

地下鉄、バス、トラムを使い分けて町中を駆け回ってみた。ブダペストカードが便利で、どんな乗り物もフリーパスである。

世界遺産になっているアンドラーシ通りの下を走る地下鉄1号線は、1896年の開業で、ロンドンについで世界で2番目に古い地下鉄だという。3両編成のこじんまりした黄色い車体が実にかわいい。

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昨日は、オペラ座見学に参加した。たまたまだが、前日にインタビューさせてもらったセーカーチ先生(ブダペスト商科大学教授)のお知り合いのモニカさんが日本語のガイドで、実に無駄のない格調高い案内ぶりだった。

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歌劇場は目をみはる大きな建物だが、これもやはりハプスブルグ時代の遺産である。フランツ・ヨーゼフ1世が3分の2、ブダペスト市が3分の1の建設費を出したという。王側の条件は「ウィーン歌劇場の建物より大きくしてはならない」というもの。

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大理石をふんだんに使った豪華建築だが、豪華さというだけなら、世界中にそうした歌劇場がいくらもある。それよりも感心したのは、劇場の設備である。観客が座るシート一つひとつの下に、立派な換気孔がついていて、新鮮な空気を流すようになっている。また舞台と客席の間に鉄の柵が下りてくる仕掛けがあって、たとえ火事になっても、客席への延焼を1時間半食い止められるのだという。

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モニカさんによると、ブダペスト歌劇場は、ミラノ歌劇場についで音響の良さが世界で2番目の評価を得ている。あちこちに“世界で2番目”がでてくるところが面白い。惜しむらくは、舞台の裏が見たかかったのだが、それがかなわなかったことである。もう39年前のことになるが、ウィーン歌劇場のバックステージの広大さに触れて劇場めぐりに目覚めた身としては、両者の比較ができないのがちょっと残念だった。

昨日あたりから、英独仏語が一切聞こえてこない人波のなかに身をおくことにようやく慣れてきた。いつも思うことだが、私の場合、それぞれの都市の空気になれるのに、やはり3日はかかるようである。

ブダペスト到着

雨の降るパリを経由して、早朝ブダペストに着いた。気温17度。快適である。ホテルのチェックインにかなり間があるので、街をぶらぶらしてみた。

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まず西駅とメインストリートのアンドラーシ通りをつなぐテレーズ通り周辺。並木のある歩道がとても広い。日本の基準でいうと3車線分くらいあるのではないか。私のホテルもこのテレーズ通りの一角にある。

あたりのランドマークになっている西駅の駅舎は、エッフェル塔をつくった会社が手がけたものらしい。外観も立派だが、なんといっても内部空間の大きさが際立っている。駅の一部が「世界一豪華なマクドナルド」とか。なかなかの賑わいである。

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オーストリア=ハンガリー帝国の遺産なのだろう。通り沿いに古い石造りの建物が立ち並び、私が泊っているホテルも、第1次大戦が勃発した1914年の建設である。

そうはいっても、街の雰囲気はいたってカジュアル、ちっとも気取った感じがない。というのも、ほんの5~600m歩いただけだが、通り沿いには、夥しい数のハンバーガーショップ、ケバブの店、カフェ、アイスクリームショップがある。

郵便局、書店、劇場もあり、肉屋、床屋のほかに食品スーパーも複数ある。スーパーをいくつかのぞいてみたら、驚いたことに、ハンガリー名物のパプリカやトマトが、1キログラム・百円ちょっとの見当である。(下の写真がマクドナルドの店内)

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適度な生活感とカジュアルさは、街ゆく人の動きにも感じられる。各国の地方都市で感じるゆったりさがここにもあるのだ。そういえば、空港でも、ホテルでも、お店でも、今日会った人々は概して親切な人たちばかりだった。

ミュンヘン、パリ、ストラスブールと続く旅の第一歩を、こうしてブダペストでしるすことになった。さて、これからどんな出会いがあるのだろうか。

院ゼミの上海旅行

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昨日の深夜に上海から戻った。30年ぶりの上海は、記憶の中の風景とはすっかり変わっていた。外灘(バンド)からみる黄浦江対岸のビル群がその典型である。ちょうど七夕の夕方ということもあるのだろうが、1500メートルも続く長大なプロムナードが散策の人々であふれかえり、水上をいきかう観光船も満員の乗客でにぎわっていた。

大学院のゼミで海外旅行にでるのは初めてである。テーマは日中の文化交流。ちょうど張雅潔さん、莫然さんがゼミ生とあって、これ以上ないタイミングの旅である。ふたりは完璧なガイドだったが、何よりいいのは、目にした人々のふるまいやらテーブルで供される食べ物やらについて、気になることをその場で気兼ねなく質問できることである。

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上海博物館の中国陶磁器のコレクションがとりわけ見ごたえがあった。紀元前の無釉陶器から、唐三彩、宋代の名窯の作品、明清の景徳鎮のものまで、2階のフロア全部を使って展示している。長いながい歴史をもつ中国陶芸史を、実物とともに一望できるのだから凄い。

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今回は、日本人院生が小宅崚太くん、鈴木翔くん。参加者4人のこじんまりした旅、さらに4人とも抜群に気配りのきく人たちである。いつにもましてゆっくりおしゃべりできたことで、4人の個性の違いがより際立ってみえるようになったのは大きな収穫だった。文化的多様性といってもいいだろう。

途中、いきなり驟雨に降りこめられたり猛暑になったりとなかなかにドラマチックな天候でもあったのだが、そこは臨機応変の行動で、すべてを楽しいエピソードに変えることができた。おかげでなにより“精神的に贅沢な旅をさせてもらったなあ”という実感が残ったのだった。

 

獲得研夏のセミナー終了

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猛暑の中でおこわなれたセミナーが、昨日、大好評のうちに幕を閉じた。いろんな新機軸があったから、早速、丁寧な振り返りも始まっている。(上の写真は、名刺交換ゲームの様子)

今回は、8本のワークショップを用意して、参加者がプログラムを自由に選べるようにするなど、新工夫が満載のセミナーだった。春から夏に開催時期を移したせいだろうか。セミナー初参加の人が目立って多く、それがまた会場に新鮮な気分を醸し出していた。(下の写真は、絵本「世界一美しいぼくの村」を素材としたワークショップ)

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振り返りの集いで、“夏の研修会があちこちで行われている時期なのに、よくこんなに参加者が集まりましたねえ”と感心されたが、それはひとえに獲得研メンバーの地道な努力のたまものである。

全体集会の基調提案を終えてから、写真係を仰せつかっていたので、シャッターチャンスを求めて、午前午後とワークショップ会場を巡り歩いた。

どのセッションにも2人のファシリテーターがいて、それぞれのペアが醸し出す雰囲気が“うわー、こんなに違うんだ”というくらい違う。ペアの個性の違いがそのまま会場の雰囲気につながっているので面白い。取り扱う内容のバリエーションの豊かさはもちろんだが、ペアの個性の豊かさが百周年記念館の全体に横溢している印象だった。

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今回ホスト役で参加した獲得研メンバーは25名。そのチームワークの成熟ぶりは相当なもので、いつもの通り、流れるようにスムーズな運営だった。そのことは、終わりの集いががはねても、名残を惜しむ人の輪がいつまでも消えなかったことによくあらわれている。日大の学生・院生さんも大活躍してくれた。

獲得研の10年間の蓄積の豊かさというものを、いつにもまして実感させられるセミナーだった。