「海外子女文芸作品コンクール」の最終審査会で、ことしも地下鉄日比谷線の神谷町駅までいった。神谷町駅から海外子女教育振興財団のオフィスがある愛宕東洋ビルまでの道を、会議の進行のことなど考えながら、10分ほどかけてゆっくり歩く。
小中学生が書いた作文の審査に加わるようになって、かれこれ15年になる。選ぶというのはいつだって悩ましい仕事である。それでも「さて、今年はどんな新しい作文にであえるのだろう」という期待感の方が勝っている。
ことしは35回目のコンクールで、節目の年にあたる。それで気がついたのだが、わたしがICU高校に勤めたのもちょうど35年前、それからずっと海外生・帰国生の海外体験にむきあってきたことになる。偶然の一致とはいえ、やはり何がしか感懐はある。
神谷町駅の3番出口をあがると、銀杏並木がつづく桜田通り(国道1号線)の東側の歩道にでる。目的地は、愛宕山の外周を、時計まわりにぐるっと回りこんだ位置にある。そこでまず進路を右にとり、霞が関方向にまっすぐ5、6分歩く。オフィス街だが、人通りもそんなに多くないから、落ち着いた気持ちのいい道になっている。このあたりは、車のスピードも比較的ゆっくりである。
途中に、巴町砂場、文具の石井商店、虎ノ門岡埜栄泉本店などの店がある。まだ紅葉には早いが、歩道のところどころにギンナンが落ちていて、進行方向の右手のビルの隙間から愛宕山の緑も見え隠れする。
虎ノ門3丁目の交差点が近づくと、甲冑をつけた武将の絵が大きく壁に描かれた刀剣屋がみえてくる。それを目印に右折する。あとは狭い歩道を直進するだけだ。杉田玄白の墓のある通り、しもた屋が並ぶ細い路地などを右手にみて、愛宕下通りにある愛宕1丁目交差点までくる。交差点の角が目指すビルである。
この10年ほどで沿道の風景が大きく変わった。愛宕山の向こうに愛宕グリーンヒルズの大きなマンションができ、本郷通り西側の斜面では虎ノ門パストラルが取り壊された。ことしの変化はひときわ大きい。虎ノ門3丁目の信号を右折した途端、目の前に虎ノ門ヒルズの巨大な建物があらわれた。何もなかったところに、忽然と大きな町のようなものがあらわれた印象である。
つい最近、マッカーサー道路の完工のことなど、ニュースで見ていたはずだが、うかつなことに、記憶のなかにある工事現場の囲いとそのニュースとが結びついていなかったのだ。去年は、まだ低層階を建設中だったから、まさかこんな高さのビルになるとは、意表を突かれた感じである。
風景もそうだが、海外生のおかれた環境も様変わりしている。海外滞在の長期化が目立つのだ。4798点の応募作品から最終審査に残ったのが66点、このうち7年以上海外に滞在している小中学生の作品が27点(41パーセント)ある。また、いわゆる国際結婚で生まれた子どもたちの作品が11点(16パーセント)ある。日本でほとんど暮らした経験がない子どもも多く、そのぶんだけ意識的に日本語や日本文化と向き合っている人たちだといえる。この傾向がしばらく続いている。
そんなこんなで、街の変化と海外生の変化、両方の変化を実感する一日だった。