日別アーカイブ: 2014/08/13

山中湖村に羽田氏邸を訪問

羽田先生(左)と平野先生(右)

羽田先生(左)と平野先生(右)

平野正久先生のご案内で、山中湖村を訪ねた。人口5500人の村だが、湖のまわりに別荘や大学の研修施設がたくさんあるせいで、夏の最盛期には6万5千人にもなるという。平野さんのお姉さんの時子さんも、この村に別荘を構えている。花の都公園、情報創造館(図書館)、山中湖温泉「紅富士の湯」など村営の施設はどれも立派だ。

今回の目的は、研究室の先輩・羽田積男教授(高等教育論)のお宅訪問にある。山中湖村は、平野、長池、山中の旧3村が一緒になって50年前にできた村だが、羽田氏邸はいちばん小さい村・長池の集落の一つにある。お祖父さんが医者、お父さんが数学教師、お母さんが連合婦人会のリーダーだったというから、地元での役割がなんとなく分かる。

花の都公園

花の都公園

渡辺洋三、北条浩『林野入会と村落構造―北富士山麓の事例研究』(東大出版会)などの資料をみせてもらって、この地域が繰り返し入会権研究の対象地域になっていることを知った。大学に入ったころ、戒能通孝『小繋事件』(岩波新書)で入会権の問題に出会ったが、うかつなことに、身近にいる羽田さんその人が当事者だということを考えたことがなかった。羽田さんが毎年参加する富士山麓の野焼きには、入会権の確認という意味もあるらしい。

昭和初期につくられた羽田邸の建築材はすべて、自家の持ち山で伐採したものだ。もともと内外装ともに板壁だったそうで、太い大黒柱をもつ堂々たる建物である。水回りやお風呂場は最新設備にしているが、玄関・客間などの主要部分は天井の配線を露出させたままにするなど、できた当時の雰囲気を保っている。

屋敷の角々には、杉、欅、桑などの大木が立っていて、なるほど400年暮らし続けている土地なのだとわかる。2階家の屋根の高さまであるオンコの垣根というのをはじめてみた。周辺の畑で、羽田さんが30種類ほど野菜を育てている。毎年、教育学科研究室に飾られるハロウィーンの大かぼちゃも、この畑で作られたものだ。

この集落は古くから戸数38戸という取り決めがあって、増えも減りもしていない。傘をさして集落の中を歩いてみたが、塀のようなものがほとんどなく、家々の境界が判然としない。恐らくその必要がないくらいお互いのことがわかっているのだろう。

羽田邸をでると、すぐ目の前に山中湖が広がっている。標高982メートル、周囲13.5キロの湖である。湖の向こうに富士山がそびえている。

羽田さんは富士を眺めながら湖岸で釣りをする。体長93センチの鯉を釣り上げたところに、ちょうど平野さんが行き合わせた。風呂桶に放した鯉のからだが大きすぎて、Uターンできないほどだったという。雄大な富士の景観と特大の鯉、「この環境が羽田さんの大らかな性格をつくった」というのが平野さんの見立てである。

こんどの訪問で、山中湖村のことがぐんと身近に感じられるようになった。