日別アーカイブ: 2014/07/08

辰濃和男さん―第3回「著者を語る・著者と語る」

出版NPO「本をたのしうもう会」が主催する第3回「著者を語る・著者と語る」で、ジャーナリスト・辰濃和男さんの講演を聴いた。テーマは、「私の読書法―出会う、知る、楽しむ」。武蔵野市民会館・集会室は、90人の参加者で超満員の盛況である。

辰濃和男さんといえば、なんといっても朝日新聞のコラム「天声人語」の印象が強い。というのも、辰濃さんが天声人語子だった時期(1975年12月―1988年8月)は、ちょうどわたしが「政治経済」の教師として新聞に親しみ、生徒たちが新聞を使ったテーマ学習に取り組むようになった時期だからだ。

グレーのスーツにノーネクタイで登場した84歳の辰濃和男さんは、意想外に長身で細面の方だった。白いもののまじる総髪に、あごひげと口髭をたくわえた意志的な口元が、むかしの剣豪を髣髴させる。

辰濃さんは、折にふれて見かえす200冊ばかりの本を身近においている。今回は、その中から25冊をリュックにつめて会場に持ち込んだ。それで、「歳時記」にはじまり、熊谷守一「へたも絵のうち」、幸田文「父・こんなこと」、H.D.ソロー「森の生活」、大岡昇平「レイテ戦記」、柳澤嘉一郎「利他的な遺伝子」など、人文系を中心としたさまざまなジャンルの本との出会いについて話してくれた。

“雑”の効用ということだろうか。辰濃さんは『文章のみがき方』(岩波新書)でも、異質な本を読むことが、①自分の世界を広げること、②未知の世界に出あうことで脳の働きに刺激をあたえることにつながる、と指摘している。13年間という気の遠くなるような期間、コラムを書き続けた人の実感である。

「本をたのしうもう会」は、講師陣が素晴らしいが、そこに集う人々も魅力的だ。今回、辰濃さんも参加した懇親会で、武蔵野の市民ボランティアをしているTさん夫妻とお隣になった。印刷会社で働いていたTさんは、80歳近い年齢である。一昨年、心筋梗塞で緊急入院しあやうく一命を取り留めた。

退院してすぐ、夫妻で、好物の天ぷらを食べに新宿にでかけた。揚げたてのふきのとうの天ぷら、それに少しの塩をかけて口にいれたとき、Tさんの眼尻からつーっと涙が流れたという。「口いっぱいに広がる春の香りを感じて、よし、生きていこう、という思いが自然に湧きあがってきたんです」。

とつとつとした話し方のむこうに、なじみの天ぷら屋でしみじみと春の訪れをかみしめる夫婦の姿が浮かんでくる。そうやって死の淵から帰還した人が“本をたのしむ”とき、その味わいはよりいっそう深いものになるに違いない。