サブタイトルは「相手の心を動かす3つの習慣」。帯には「数々のクライアントが呆然!博報堂・若手敏腕コンサルの『幻の講義』」とある。私のようなへそ曲がりは、どうせ才気ばしった若手コンサルが自信満々で処方箋を示すんでしょなどと読む前から斜に構えてしまいそう。ところがどっこい、著者に才能をひけらかす雰囲気など微塵もなく、むしろ残るのは爽やかな読後感である。
「3つの習慣」というのは、具体的な事実から考える、事実を深く掘り下げて考える、コンセプトを絞ってシンプルに伝える、の3つ。奇をてらうフレームではない。むしろオーソドックスな発想といっていいだろう。だから本書の説得力は、3つの習慣にまつわる具体例の選択にこそある。これが面白い。ガソリンスタンドの新しいビジョンを考える、地方銀行の経営理念をつくるなどのコンサルティングの様子から社員研修の様子まで、関係者がどう思い込みから脱却していったのかを軸にして語られている。
そのフレームのことだが、著者は、有名な経営やマーケティングのためのフレームが幅を利かせる現状について、「基本的には過去に成功した事例の共通する要素を、どこかの(多くはアメリカの)学者や研究者が独自に研究して、使いやすくしたものです。未来に新しいアイデアを生み出す時に、必ずしもそのフレームが有効かどうかは分かりません」(48頁)と疑問を呈している。
そして「自分自身の体験や、自分がイメージした具体的な事実から考えて、それをもとに自分がオリジナルなフレームを作るんだ、そのぐらいの気持ちで考えたほうが、新しい発想に近づけるかもしれません」(64頁)とも書いている。借り物でなく、自分でフレームを作ろうという呼びかけに大いに共感した。
著者の岡田庄生さんは、ICUの高校と大学、両方でわたしの授業をとっている。とくに高3のときのプロジェクト「50年後の食卓」(1998年度「政経演習」)で大活躍した。日本の食のこれまでとこれからについて、学校祭でスキット形式で発表したのだ。
TV番組「あしたの料理」は、おなじみNHK「きょうの料理」のもじり。例の冨田勲のタンタラタラタラ、タンタンタンのテーマ音楽にのって、割烹着姿の料理研究家が登場、30周年記念と銘打って番組の歴史を振り返る。
30年の流れをたどると、より短時間でより多くの品数を紹介するようになったという。「15分でできる夕食」というように。共働きの増加、調理器具の発達などがその背景にある。岡田さんは、経験豊富な「外食専門家」の役で登場し、外食産業の浸透ぶりをレポートしている。これなど、いまの仕事に直結したプロジェクトに思えるし、そもそもリサーチにかかわるフットワークの軽快さなども、当時からのものと見た。
本書を読むと、ワークショップでのファシリテーションの知恵が満載である。「幻の講義」と銘打つ所以だろう。それで「コンサルティングとは、何かを『教える』仕事ではなく、クライアントが本来持っている価値を引き出すために『問いを投げかける』仕事である」と喝破している。「(買わせる)発想を生むのは、丁寧に生きる毎日の中で見つけた具体的な事実であり、それを誰よりも深く掘り下げる情熱であり、シンプルに研ぎ澄ます潔さである」(192頁)ともいっている。
クライアントの業種とは一見無関係にみえる業種の成功例・失敗例を提示し、その理由を売り手・買い手を問わずさまざまな角度から考えるなかで仕事の「意味」を掘り下げてみる。その思考実験をベースにして、クライアントがそれまで気づいていなかった自分自身の仕事の意味や社会的ミッションの発見につなげていく。未知の業種の人たちと出会い、一緒になってこうした意味発見の旅にでる。コンサルタントをそんなワクワク感に富む仕事と知ったのも新鮮だった。
このコンサルティングのプロセスを「教育的」といってしまうといささか語弊がありそうだが、それでも、これまで獲得研がやってきた共同研究・自己研修の歩みと、どこかでつながる要素があると感じて、それが何より面白かった。(講談社刊)