ナショナル・シアターの「リア王」

2014年ロンドン2 006

昨日、ロンドンのナショナル・シアターで、マチネの「リア王」を観た。オリヴィエ劇場の舞台ははじめてである。ロビーで岩永絵美さん(国際交流基金ブタペスト日本文化センター所長)と遭遇、あまりの偶然に二人で仰天した。岩永さんには旧あかり座プロジェクトのスポンサーとしてずいぶんお世話になっている。

久しぶりの再会がロンドンとは・・・

久しぶりの再会がロンドンとは・・・

大英博物館でのセミナーに参加するために1泊2日できて、芝居がはねたら空港に直行するのだという。ブタペスト事務所が東欧10数カ国を担当し、日本語教育から東北地方の手仕事の紹介まで、幅広い事業を手がけておられる。いつかじっくりうかがってみたいものだ。

今回の「リア王」も、時代設定が現代になっている。戦争場面では気がふれた王が拘束衣を着せられ、お尻に鎮静剤を注射される。グロスター伯が目をえぐられるシーンでは、ワインオープナーが凶器になった。

2009年にヤングビック劇場で観た「リア王」では、喰いちぎられ、吐き出された目玉(大きなガラス玉)がごろごろ音をたてて床をころがった。地方の劇場で評判をとり、ロンドンまで攻めのぼってきた芝居だったから勢いがあり、圧倒的に若者の多い客席がワーワーわいた。戦闘場面にはベトナム戦争を思わせるタンクまで登場、いささか劇画的にもみえる表現をとっていた。

今回の舞台は、もちろんもっと落ち着いている。サイモン・ラッセル・ビールがやるリア王は、堂々たる押し出しと奥行きのあるみごとな発声である。ちょっと猫背で左足をひきずり気味の歩き方で国譲りの場面に登場する。やがて舞台の進行につれて、腰の傾斜がほんの少しずつ大きくなり、左足のひずみも強調されていく。こうした繊細な演技が象徴するように、一人ひとりの人物像が際立つ演出になっている。

装置がまた洗練されている。円形舞台の背景も床も、すべてむらむらの黒っぽい色でおおわれ嵐の前の黒雲のようである。盆の内側には、白っぽい通路が十字型に描かれている。十字の縦線がそのまま白い花道になって客席の中央を貫いているから、2階席でみると、暗い空に大きな白い十字架が屹立しているようにも見える。

最初の国譲りの場面でも、リア王がコーディリアの死体を抱えて登場する最後の場面でも、通路に真横にしつらえられた長大な白テーブルが効果的に使われている。

また、ゆっくり回る盆の上で、さ迷う王をのせたまま、通路の一部が坂道になってせり上がる。それが斜めにどこまでも高くなるものだから、ケント公役者は四つん這いのまま両手でリア王の左足をずっと抱えつづけることになる。おかげで、高所恐怖症の私の意識は、セリフなんかより王の足元の方に集中することになってしまったのだが・・・。

このこじんまりした舞台空間に50人の役者が登場する。いまさらに古典劇の懐の深さを感じたことだった。

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