3月に明石書店から刊行する(仮題)『ドラマ技法研究の最前線』の入稿時期が迫ってきた。獲得研の共同研究としては、4冊目の単行本になる。今回の本の執筆・編集に携わっているのは、会員のなかの15名だけである。しかし、いつも全部の原稿をMLにアップしながら編集を進めるやり方だから、すべての会員が、すべての原稿を読むことができるし、原稿がみごとに変容していく様子も共有できる。
執筆自体は孤独な作業だが、会員から改稿提案がアップされたり、応援コメントがでたりするから、いわばみんなを代表して原稿を書いているという具合になる。こうした経過を共有して、われわれメンバーは一緒に育っている。MLでのやり取りが、累計で優に4千通をこえるというのもうなづける。とにかく時間のかかる作業だが、このやり方が獲得研の出版物の完成度を担保しているという面も見逃せない。
まだ、改稿中の原稿もいくつかあるが、私の分担になっている「はじめに」の初稿を以下のように書いてみた。
本書は、参加型アクティビティの研究に取り組む「獲得型教育研究会」(略称=獲得研)の活動の実際を、ドラマ技法の探究に焦点化して考察したものである。ここでは、アクティビティという用語を、ゲーム、シミュレーション、プレゼンテーションなど、学習者が主体となって取り組む諸活動の総称として使っている。獲得研は、「参加型アクティビティの体系化と教師研修プログラムの開発」を目的にして、2006年に創設された研究グループである。現在は、小学校から大学まで43名の会員で構成されている。
私たちは、新しい時代の共通教養の中核に、参加型アクティビティの習得を据えたいと考えている。アクティビティの定着は、自立的学習者(=自律的市民)を育む教育の中心課題だからである。
参加民主主義が成熟するためには、一人ひとりの市民が、討議の経験を豊かにしたり、大小のコミュニティの運用に関与したりする経験が不可欠である。それは、見方を変えれば、市民が民主的な手続き(procedure)に習熟していくプロセスでもある。その手続きを教育の側面から整備すると同時に、学習者が協同することの手ごたえと味わいを体験できるような実践を創造する方策を探ること、それが参加型アクティビティの理論的・実践的研究である。
全身を駆使して取り組む探究活動、その過程で生まれるダイナミックな協同関係、豊かで深い学びの体験、それらを成立させる不可欠のツールがアクティビティである。実際のところ、なんらかのアクティビティを介在させることなしに、参加・獲得型の学びを成立させることは困難である。それは、約束事のない社会、ルールのないスポーツが、それとして成立しえないのと同様の事情である。
参加型アクティビティでは、ディスカッション/ディベート、プレゼンテーション、リサーチワークの三つがとくに重要だが、本書では、これらと並ぶ第4のアクティビティとして、ドラマワークを位置づけている。
ごく簡単にいえば、自分ではない「何か」になって考えたり、行動したりするためのツールがドラマ技法である。ドラマワークでの学びは、想像力をフル稼働させて、フィクションの世界とリアルな世界を往還する学びであり、私たちは、ドラマ技法を駆使することではじめて、現実の世界とは別の“もう一つの世界”を手にすることができるのである。
近年、これまで主流だった知識注入型の授業スタイルを見直す手がかりとして、また闊達な教育コミュニケーションを生み出す手段として、演劇的手法を日常の教育活動に取り入れる動きが活発化している。
本書の目的は、そうした流れを研究の面で加速することにある。ドラマ技法研究の最先端を切り拓いてきた獲得研の試行錯誤を振り返ることで、これから起こるだろう議論の土台を築こう、というのである。
急速に状況が変わりつつあるとはいうものの、ドラマ技法の研究は、教育方法の研究としてはほとんど未開拓の分野だったといってよい。そのため獲得研では、あえてドラマ技法の体系化という理論性の強い研究と、ドラマ技法の活用・普及という実践性の強い研究を並行して進めることにした。このことは、一つのグループが、基礎研究と応用研究に同時に取り組むような、困難で時間のかかる道のりになることを意味していた。
こうした事情から、本書の第1の特徴は、実践事例を豊富に盛りこんだ研究書だという点にある。具体的にいえば、紙面の多くを占める論考が、「異文化間教育学会第34回大会」(2013年6月8―9日 日本大学文理学部)の二つのプログラムに関わるものである。
一つは、公開シンポジウム「学びの身体性を問う―教育コミュニケーションと演劇的知の視点から」の報告である。ここでの実践報告と実践へのコメントおよび総括が、本書の第2章、第3章になっている。もう一つは、大会のプレセミナー「獲得型授業をめざす教師のためのドラマ技法活用講座」のワークショップ「ドラマを通して考えるハックルベリー・フィンの冒険」の報告である。その実況中継と振り返りの論考が、第4章、第5章になっている。
本書は、これらの内容を、第1章と第6章・第7章の内容が挟みこむかたちの構成である。まず第1章で、共同研究のバックボーンとなる獲得型教育の理論を総合的に考察している。一方、第6章では、獲得研の共同研究の独自性をさまざまなエピソードとともに分析し、さらに第7章で、これまでの研究の展開過程を具体的資料によって一望する、というものである。
この構成とも関係するが、本書の第2の特徴は、収録されている論考の多くが、研究の目標や結果を叙述するのと同じような比重で、実践の生成過程といういわばメタの部分を丁寧に描いていることである。それは、獲得研の研究体制の特質に由来している。
獲得研では、校種や担当教科の違いを超えて、すべての会員が、実践的研究者・研究的実践者として対等な立場で研究に携わっている。そのため、小学校の実践に触発されて、高校や大学で同じテーマの授業が行われたり、その逆だったりということが、日常の風景となっている。また、あえて専門領域や教科を超えたチームをつくり、ドラマワークや実験的授業プログラムの開発に挑戦してきた。異文化接触でおこるスパークが、思いがけない発想の飛躍を生み、研究にはずみをつける役割を果たすからである。こうした共同研究のダイナミズムを実態として分析するには、メタの部分を丁寧に描く必要がある、と考えたのである。
執筆者のラインアップも、会員の多様なバックグラウンドを反映している。当然のこと、想定される読者層も、小学校から大学まで、あらゆる校種の教員ということになるのだが、むしろそうした教育関係者だけでなく、教育に関心をもつ市民、学生の方々にも広くアピールできる内容になった、と考えている。
8年間におよぶ共同研究の成果である本書が、日本のアクティビティ研究の一里塚となり、研究のさらなる活性化に寄与できれば、と願っている。