秋の庭

春の山桜がこうなった

春の山桜がこうなった

気がついたら書斎からみえる八国山がほどよく黄葉している。窓外にみえるわが家のドウダンツツジも、いつもの年より鮮やかに紅葉した気がする。それで思い立って、ドウダンのまわりにある金木犀とサンゴジュの剪定をすることにした。

庭に下りてみると、シュウメイギクが咲き、千両や万両の実もほんのり赤くなっている。すっかり秋の庭になっていた。こう忙しいと、どうしても手入れが滞りがちになる。この家に引っ越して四半世紀たつが、当時の方が時間もあったし、ずっと熱心だった。

もともと西武不動産で植えた樹が庭に5、6本あったのだが、父親と妹の義父がどっさり若木を運んでくれたので、すっかり配置をやり直した。二人は大の庭好きである。だが、どうも住宅団地の庭の広さを見誤っていた気がする。後日、義父の幸次郎が庭を一瞥して「まるで幼稚園児の遠足だな」といったので、その描写の適切さに思わずふきだした。

手入れをしようと張り切っているころには、樹がちっとも育たない。ところが10年たってこちらの熱が冷めたころ、まるでそれを見計らったかのように、勢いよく伸びだした。木々が庭にしっかり根付いた証拠である。折あしく仕事も忙しくなったから、こんどは手入れが追いつかない。

地面に百日紅の影が映っている

地面に百日紅の影が映っている

茫々たる山野にあるごとく枝が伸び、重なり合って繁茂する。こうなると切枝や葉っぱの始末が大変である。生ごみの日にビニール袋にいれる程度ではとうてい間に合わないから、車に積みこんで、直接クリーンセンターに持ち込む仕儀になってしまった。

植物の成長というのは、凄いものである。日当たりのいい道路側の紅梅などは、気がつくと近所のランドマークになっていた。ただ、脚立の再上段に乗って高枝切り鋏をのばしてもてっぺんに届かないから、何年も2階のベランダ越しに剪定していたものの、とうとう諦めて、チェーンソーで太い枝を何本か刈り込んだ。

日の傾くのがとても早い 右手は白梅

日の傾くのがとても早い 右手は白梅

地面の方は鄙びた雑草園の風情になった。以前、妻の友人が遊びにきたとき、見かねて「私が芝生を刈ってあげようか」といったらしい。ところがよくしたもので、手をかけないでいるうちに、苔やら雑草やらがほどよく侵食してきて芝生がなくなり、限りなく自然にちかい苔庭になった。負け惜しみに聞こえるだろうが、わたしはいまの方がすきである。

ほんの数時間の庭仕事だが、それでもリフレッシュはできる。明日は「高校生プレゼンフェスタ」の本番である。遠方からの参観者もあって、賑やかなお祭りになることだろう。

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