夏休み―八国山の蝉

大学教師の夏休みは、言葉通りの「休み」ではない。まとめて自分の仕事ができる期間のことだ。今年は、3冊分の編著の企画が進行しているのでひときわ忙しい。その上この暑さである。もはや規則正しい生活で乗り切るしかないだろうと殊勝なことを考え、夕方に八国山の散歩をいれることにした。

今日、人影もまばらな尾根道を歩いていたら、左手首の外側に小型の蝉がペタリととまった。ちょっと驚いたが、振り払うのもためらわれて、腕をふらずにそのまま歩き続けることにした。細い前足をときどき右、左と動かすのでこそばゆい。

ひじをゆっくりまげて上からのぞきこむと、顔の周辺は綺麗な緑青色である。「いったいどういうつもりなんだい」と話しかけたが、はかばかしい反応がない。四角い顔の両端にある芥子粒ほどの黒い目玉からは表情がなにもよみとれない。

5分ほど歩いたろうか。蝉が飛び去って、全山が蝉しぐれになっていたことに初めて気がついた。

これをワイフに自慢してやろう。バード・ウォッチングをはじめてこのかた、鳥のことでは自慢のされっぱなしである。なにしろ彼女のいくところ、カワセミ、ルリビタキなど青い鳥がやたらに姿をみせる。京都御所の九条邸の庭、南禅寺の天授庵、宇治川など、およそ池や流れのあるところならどこでも、という感じである。

ある夏、ロンドンのキューガーデンの芝生でうたたねしているワイフの姿をみたら、知らぬ間にリスや小鳥が集まっている。これを目撃したときはさすがにわが目を疑った。

彼女がアッシジの聖フランチェスコならぬ“所沢のフランチェスカ”をひそかに自認するようになったのはそれからである。おかげで珍しい鳥が目の前にあらわれようものなら、その手柄をことごとく自分のものにしてしまう。こんな状態がもう20年ちかく続いている。

しかし、これからは手柄の独り占めをさせないつもりである。

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