尾上明代先生(立命館大学大学院教授)に、ドラマセラピー・ワークショップの入門編をお願いした。通常のセラピーセッションは、8~10人の規模で、回数も20回近くやるらしい。そのさわりを1回2時間でというのだから、無茶なお願いである。
どんなアクティビティをやるかずいぶん迷ったということだが、16人の参加者はみな大満足だった。獲得研レクチャーシリーズ6「ドラマセラピー―その全身的発展ワークの体験」は大きく6つのパートに分かれている。最後にくる「心の障害物を乗り越えるドラマ」がとりわけ示唆的だった。心の中を可視化するアクティビティだ。
まず一つの目標を設定し、それが達成されたときの姿をイメージする。しかし、「自信のなさ」だったり「環境条件への不安」だったり、心のなかにはいくつも障害物がある。それを乗り越えるプロセスを演じてみる。この日でたいくつかのアイディアのなかで、メンバーの支持を得た目標が「私は女優になりたい」だった。
設定した役柄は、目標をいだく人、心の障害物(今回は6人)、夢を実現した当人(目標役)という構成である。目標役の前に一直線に立ちふさがる当人の心の障害物(内面の声)たち。この6人と一人ずつ対話し説得しながら目標役に近づいていく。
ファシリテーションの間合いが絶妙である。当人が対話につまると、ちょっと違う視点をアドバイスしたり、後ろを振り向かせて「それじゃ元にもどりますか」と初心を思い出させたり、目標役のひとを目の前に登場させてエールを送らせたり、と内面のドラマを即興的につくっていく。今回は、当人役をやった小松理津子さん(秋田明徳館高校)の熱意におされて、6人全員が道をあけ、最後は小松さんと目標役の杉山ますよさん(早稲田大学)が抱き合って喜んだ。
尾上さんはアメリカで3000時間のセラピー実習をし、日本人で最初にRDT(北米ドラマセラピー学会公認セラピスト)になった方だ。2001年の日本演劇学会のシンポジウムでご一緒して以来のお付き合いである。ただ、セラピーは専門家の領域だから、ちょっと敷居が高い印象が私にもあった。その印象が今回のワークショップでかなり変わった。
一般に教育関係者の発想の特徴は、向日性がつよいことにある。だから同じファシリテーションでも、その場で「やりたいこと」「やった方がいいこと」に比重がかかりやすい。一方、セラピストは「やってはいけないこと」にも敏感である。そのバランス感覚がとても新鮮に感じられる。場を安全に制御するために意を砕く、それは教育関係者がこれまで以上に配慮すべき点だろう。
尾上さんは、ドラマセラピーへの誘い『子どもの心が癒され成長するドラマセラピー―教師のための実践編』(戎光祥出版)を出し、セラピーと教育実践をつなぐ仕事もしている。獲得研とどこかでコラボできないかなあ、ワークショップを経験してそんなことを考え始めた。