47歳の教え子たち

下高井戸の「なんくるないさ」で、ICU高校の4期生(1983年度卒業)と飲んだ。佐藤琢三くん(学習院女子大学教授)と松尾洋一郎くん(スポーツ・インストラクター)のふたりは、私が3年4組を担任したときの生徒である。ほぼ30年ぶり。もう47歳になるという。

ことしサバティカルをとった日本語学の荻野教授の代講で、佐藤くんが文理学部に非常勤講師できてくれることになり、では一杯となった。彼はいまやどっちが年上かと見紛うほど、落ち着いたルックスになっている。サッカー部にいた松尾くんは、相変わらずスリムである。

二人は当時のことを実によく記憶している。彼らの話を聞いているうち、長いあいだ記憶の底に沈んでいた私自身の気分が、ハッキリと甦ってきた。当時の私は32歳。政経レポートの実践がようやく軌道にのった頃である。

その一方で、研究生活と教育実践のあいだで意識が引き裂かれ、矛盾がピークに近づきつつあった時期でもある。まだ草創期のカオスが残る学年の学年主任でもあったから、とにかく気忙しく、とても落ち着いて研究などできる状況ではなかった。

佐藤くんによると、朝のSHRで、研究仲間が結婚したという話をしたらしい。「ああ研究しているんだ」と思って、その言葉が心にひっかかっていたという。HRでは、諸連絡のあいまにちょっとした週末のエピソードなど話すようにしていたから、そのことだろう。「研究」という言葉に反応したところが不思議で面白い。

話題が「政経の授業といえば」になったら、佐藤くんがまずルソーの名前をあげ、松尾くんが「エミールでしょ」といった。ほう、そうか、という感じ。ホッブズ、ロック、ルソーなど啓蒙期の政治哲学は、民主主義思想の定番だが、ヨーロッパで撮りためたルソー行脚のスライドをみせたり、年表を用意して彼の生涯を語ったりと、一際ちからをいれてやっていたから、この反応は嬉しかった。

いま文理学部には、佐藤くんをふくめて3人のICU高校の教え子が非常勤講師できてくれている。今回は佐藤くんたちと話したが、これを機会にほかのメンバーともゆっくり話してみよう、と思っている。

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