「エデュケーション・ナウ」の再会

研究室で 001

昨日、2月17日の記事「エデュケーション・ナウの偶然」に書いた芳岡(水谷)倫子さんと富田麻理さんが、坂本雄飛くん(読売新聞社)と一緒に訪ねてきてくれた。こうして4人が揃うのは25年ぶりらしい。ICU高校3階の社会科研究室で、窓際のソファーに陣取り、教育を熱く論じあったメンバーである。

94歳の武田清子先生が、60歳を超えたわたしを今でも「淳くん」と呼ぶ。先生のなかには、きっと22歳のわたしがいるにちがいない。

そう思っていたら、わたしにも同じことが起こった。あった瞬間から「雄飛くんはどうしていたの?」などと呼びかけているところをみると、25年のときが溶解して、18歳の彼らと35歳のわたしにもどっているらしい。

ただ、時間の溶解は不思議なことではない。1987年の文化祭で政経演習の3年生たちと取り組んだ「緑町中学体罰模擬裁判」は、わたしの演劇的プレゼンテーションのいわば原点で、今日まで、何度も繰り返し思い起こしてきたものだからだ。あの年から今日まで、わたしの時間はまっすぐにつながっている。

「あなたたちが僕の人生を変えたんだからね」といったら、その途端「それはお互い様ですよ」と返ってきた。芳岡さんには、J.ニーランズさんとのシンポジウムの通訳など、いままでずっと助けてもらっている。富田さんと坂本くんは、後年、お互いの勤務先の福岡で再会し結婚、2児をもうけた。

今日、送ってくれた写真をみたら、3人は立派に落ち着いたオトナで、わたしの風貌は確実に年数分の変化をみせている。しかし、これからもずっと雄飛くんだろうなあ、と感じている。

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