日別アーカイブ: 2013/04/16

私学の国際教育研修会(1)

1989年に「全国私立中学高等学校国際教育研修会」(主催:私学研修福祉会、私学教育研究所)の指導講師になった。研修会は、年1回、東京、札幌、大阪、京都、広島などを会場に、2日間の会期で開かれる。

研修会の創設メンバーである藤沢皖さんが推薦してくれた仕事だ。それから19年間、専門委員・指導講師を続け、研修会そのものが幕引きした2008年にようやく役割を終えた。こんなに長く続けられたのは、運営スタッフの熱意に励まされたからである。

国際教育研修会の本 1 001

プログラムの柱は、参加校による実践報告と外部講師の基調講演である。委員会の業績として、小林和夫先生(中村中学・高等学校理事長)編纂の講演集が2冊刊行されている。1冊は、2000年にでた『地球時代とこころの国際化―21世紀への提言』(グローバルメディア)で、イーデス・ハンソン、萱野茂、佐伯快勝、堀尾輝久氏など、多士済々の講演8本が収録されている。

わたしは、序章「未来と希望と―私学の国際教育とこころの国際化」を書いた。いま読み返してみると、90年代の国際教育が上げ潮の熱気をはらんでいたことがわかる。

90年代は、私立高校が国際教育を牽引していた時代である。海外研修、国際交流、帰国生の受入れ、国際ボランティア、国際科・国際コースの設置など、どの分野にも私学が率先して取り組んでいたが、国際教育研修会は、そうした最先端の情報が行き交うアゴラ(広場)の役割を果たしていた。

専門委員は、講演者の選定にいつもアンテナをはっている。『のびやかにかたる新島襄と明治の書生』など、新島襄の研究者として知られる伊藤彌彦先生(同志社大学法学部教授)には、こんな経緯で講演をたのんだ。

たまたま相国寺をめざして烏丸通りを北にあがっていたら、今出川の交差点で旧知の伊藤さんにバッタリあった。自転車で大学の正門をでてきた伊藤さんは、どうも昼ごはんに向かうところだったらしい。1998年の京都研修会の前年のことだ。

交差点で立ち話をするうち、若き日の新島をテーマにする講演とキャンパス・ツアーをセットで実施するアイディアが浮かんできた。同志社大学の今出川キャンパスは、重要文化財の建物がいくつも並んでいて、さながら学校建築の博物館の趣がある。最高のガイドがつく贅沢なプログラムとあって、参加者の先生たちから好評を博したことは言うまでもない。

ちなみに、渡部淳という私の名前は、実は渡部襄となるはずだった。新島襄にちなんで、祖父の純一郎が選んだ名前である。ただ、襄という文字を役場が受け付けてくれず、仕切り直した結果、淳になっている。

襄と淳ではずいぶん印象が違う。もし襄になっていたら、そのぶん人生もなにがしか変わっていたかもしれない、と思うことがある。