日別アーカイブ: 2013/02/17

エデュケーション・ナウの偶然

1987年の春学期のある日、「政治経済演習」(3年生)の仲良しコンビが研究室にあらわれて「姉たちのやった研究発表を、わたしたちもやりたいんですけど」といった。それが芳岡倫子さん(通訳・翻訳家 旧姓:水谷)と富田麻理さん(西南学院大学准教授)だった。快活な二人は、長い髪で色白、音楽好きなところまで似ている。

研究発表というのは、芳岡さんのおねえさんたちゼミ生有志が、84年の学校祭でやった展示企画のことだ。飢餓問題など世界の食糧事情から穀物メジャーの世界戦略までを視野にいれて、日本の食糧のこれからを考えるという硬派な取り組みである。

二人は、申し分のないリーダーだった。紆余曲折はあったが「エデュケーション・ナウ」という企画名で、模擬裁判をやるところまでこぎつける。模造紙60枚を貼りめぐらした展示教室を法廷にアレンジし、当日の観客に傍聴人の役をやってもらう趣向だ。

本番は9月23、24日だが、9月20日(日)の朝日新聞に「海外からの帰国高校生 体罰テーマに模擬裁判」という予告記事が掲載される。リハーサルの写真まではいった4段の大きな記事が、都内版、むさしの版、多摩版にいっせいにのったのだ。

記事本文で、新設の中学に赴任してきた教師が授業中にトランプ遊びをしていた生徒をなぐり聴覚障害を引き起こす設定の裁判であること、三人の裁判官役が合議してその場で判決をだすこと、富田さんがバンクーバーのサマースクールで経験した模擬裁判がヒントになったこと、法廷見学で多摩川水害訴訟の控訴審判決を傍聴したこと、などの詳細を伝えている。

おかげで学外の参観者がたくさん集まり、立ち見がでる盛況だった。3日前の日曜日に記事がでたのには理由がある。藤崎昌彦記者の来校は19日のこと。前日の18日に昭和天皇の腸疾患が判明して、マスコミも社会も騒然とした状態になっていたときだ。それで、学校祭当日の紙面を確保できる保証がないから、と配慮してくれたのだ。

この偶然がなければ、TBSテレビ、テレビ朝日の全国ネットで模擬裁判が紹介されることもなかっただろうし、『ひと』に実践報告を書くこともなかっただろうから、獲得型授業論の誕生ももっと違った形になったはずである。教師人生の歯車が、ガタンと大きな音をたてて回転をはじめたのがこのときである。