日別アーカイブ: 2013/01/06

阿川佐和子『聞く力』を読んでみた

いまシリーズ第3巻「教育プレゼンテーション」の刊行にむけて、資料にあたっている。本書はいわずと知れたベストセラー。900回を数える週刊文春の対談「阿川佐和子のこの人にあいたい」を素材に書かれている。対談相手は、いずれもその道で成功をおさめた知名人たち。

サブタイトルが「心をひらく35のヒント」とある通り、総計35の項目(=節)が、聞き上手とは、聞く醍醐味、話しやすい聞き方という三章にざっくりわかれている。実用書として読むにはいささかポイント過多の印象だが、面白い。「なぜ面白いんだろう」と考えながら読んだ。

まず、対談相手にまつわる“チョットいい話”風エピソードがつぎつぎでてくる。北野武、筑紫哲也、野村監督夫妻など、芸能人、マスコミ人、スポーツ関係者がおもだが、項目数と同じくらいの有名人が、裏話といっしょに入れかわり立ちかわり登場する。

つぎに、実践で会得したヒントだけが提案されていて、参考文献にたよることを一切しない。これが付け焼刃の理論をふりまわされるのとちがって、心地いい。

そして、聞き手である作者自身の物語が頻繁にかたられる。同じベストセラーでも、池上彰『伝える力』(2007)、『わかりやすく<伝える>技術』(2009)と大きく違うのはここだ。

それでいて、自慢話のくさみがないのは、自分との距離感が絶妙だからである。そこから見えてくるのは、相応の社会経験・失敗経験をかさねて、趣味・嗜好がはっきりしている50代の女性の自画像であり、内奥のことは知らないが、その人生を肯定するメッセージである。

阿川佐和子の文章は、遠藤周作の狐狸庵もののユーモアを髣髴させる。遠藤は、北杜夫の運転のつたなさを、ゴビ砂漠のような駐車場でも難渋すると揶揄してみたり、ときにはこんな誇張したエピソードを紹介したりする。

避暑地にいる遠藤家を、友人の北杜夫がひんぱんに訪ねてくる。それがいつも食事時とかさなるから、ついには彼の来訪が家計を圧迫しはじめ、困窮した遠藤家では、いたいけな息子たちが「北さんが来た」と玄関から奥にご注進におよぶようになる。このときばかりは、北杜夫のきたは「北さんがきた」のきた、杜夫のもりは「ご飯を盛る」のもりに聞こえた、という他愛無いオチがつく。

彼らの作品世界を知っている読者なら、その世界と作者本人の行動をかさねてみるだろうから、何層にも楽しめる。これは芸談といっていいものだろう。30年も前に読んだ文章だから、正確な記憶ではない。ただ、この芸談から、お互いへの敬意と信頼は伝わってくる。

阿川の文章は、そうした先行世代の芸談のスタイルを引き継ぐものに思える。小説家・遠藤周作の芸談の核に、彼の「文学」があるとすれば、エッセイスト・阿川佐和子の核になっているのは「彼女の生き方」そのもので、それが大方の共感を呼んでいるのではないか。