中学の同級生

日立中央研究所の大池

日曜の正午ピッタリに国分寺の友人宅をたずねた。打ち立て・ゆでたての蕎麦を夫婦でご馳走になるのだ。鷲谷信一くんは、「ことば」カテゴリ-の記事「方言とラジオ(1)」に登場するWくんだ。そば通でない私でも、北海道産新そばの香り、こし、そして包丁づかいのみごとさがわかる。彼はそんなそばを打つ。

「中学時代、いつも一緒にいたよね」と夫人の厚子さんが言う通り、信一くんがいちばん気の合う友人だった。別々の高校にかようようになってからも、ふたりで松島、中尊寺方面に旅をしている。文学少年だったわたしは、牡鹿半島から金華山までのおだやかな海上風景を、文語体で旅日記に書いたりした。高校2年生の夏のことだ。

西国分寺駅付近の夕暮れ

昼食の後、日立中央研究所庭園の一般公開、湧水でしられるお鷹のみち、7世紀の東山道の史跡など、武蔵野らしいルートを案内してくれた。ことに日立中央研究所庭園は大盛況。観光バスが周囲に何台もとまり、団体客が乗り降りしている。20万平方メートルの敷地に2万7千本の樹木がしげり、野川の源流があることでも知られている。この研究所が、信一くんのもとの職場だから、またとないガイドである。

鷲谷夫妻とわたしは、もともと統合中学校の同級だ。厚子さんにいたっては、東小学校時代からの同級生で、児童会長選挙の応援演説をしてくれた人だ。厚子さんは、わたしの生家から自転車で10分ばかり上手の集落の生まれ、西小学校出身の信一くんは、生家から八郎潟方向にやはり10分ほど下った集落の生まれである。

ともだち結婚のふたりと話していると、とても穏やかな時間がながれる。この日も8時間あまり、おたがいの病気自慢もまじえて、あれからこれへとおしゃべりがつづく。とりわけ、わたしのなかの15歳の記憶が、多様な角度から補強されたり、修正されたりするから面白い。

ふたりはまだこのブログ「演劇的知の周辺」を読んだことがない。いつか感想を聞いてみたいと、思っている。

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