井上ひさしの魅力

私はすこぶる文章が遅い。「てにをは」の使い方ひとつであれこれ迷うからだ。当然のこと、長い文章が苦手になる。このことは、井上ひさしや井伏鱒二の文章を好むことにも一脈通じるように思う。

むかしICUのパーティーで坂野正高教授(中国政治外交史)から、若いころずいぶん俳句にうちこんだが、五・七・五で世界をみるようになると、長い文章が書けなくなると感じてやめた、と聞いたことがある。学者というのはかくもストイックな存在なのかと感心もし、共鳴もしたが、いかんせん、志向性は簡単にはかわらないようだ。

生前の井上さんと会ったことはない。「切符がとれなければ、芝居はDVDでも仕方ない」という横着なファンの私は、「井上ひさし全芝居」(新潮社 全7巻)とエッセー集「井上ひさしコレクション」(岩波書店 全3冊)の飛ばし読みを楽しむ。井上さんの文章が好きなのは、彼のなかの「論じる人」よりも「つくる人」の方が根底にあるからだ。

手業でものを生みだす経験談に惹かれて、これまでいろんな職人さんと出会ってきたが、滔滔と語る人にかぎって腕のほうがいまひとつというケースが多い。手わざと語りのバランスはほんとうにむずかしい。ところが、『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』(新潮文庫)など読むと、目次を眺めているだけで、文章がうまくなるような錯覚におちいるから不思議だ。

書き下ろし作『キネマの天地』の演出助手をした栗山民也さんが、襖のすきまから執筆の様子を目撃する。井上さんの遅筆に困り果てて、カンズメになっている新橋の古い和風旅館をたずねたときだ。

「私の位置からちょうど執筆中の作者の横顔がみえたのです。学生が使うような木製の机を部屋に運び入れ、裸電球にアルマイトの笠の卓上ランプを灯し、原稿用紙を高く積み上げその原稿用紙に15センチぐらいのところまで顔を近づけて、一字一字書いている。私は何も言えずただその光景に見入っていました。・・・必死に机に向かいながら、一つひとつの言葉がそのとき生まれ出る、まさに血の滲むようなその瞬間に出会い、私は涙がこぼれそうになりました。」(栗山民也『演出家の仕事』岩波新書 46-47頁)

古い和風旅館とアルマイトの笠ときては、いささか道具立てが揃いすぎている気もするが、鬼気迫る光景はうかんでくる。井伏鱒二が、「釣り人は自然にとけこむ姿が大事だ」といったらしい。その伝で言うと、作家・井上ひさしの内面をその風貌がうつしだしていた、ということだろう。

四面に山水楼閣人物図が彫ってある

1990年に北京で、何を思ったか「遅筆堂印」という石のハンコをつくってもらった。もちろん、使ったことはない。妻は「いくら形から入るあなただからといって、なにも遅筆をまねることはないでしょ」という。

コメントは停止中です。