日別アーカイブ: 2012/08/25

パリの初秋-森有正の通勤路

森有正の「パリの冬とその街」(『木々は光を浴びて』所収)は、「私はパリの町を歩くのが好きだ」という文章ではじまる。森さんが、休日に、自宅のあるセーヌ左岸のグラン・ドクレ街からサンジェルマン大通りにでて、リール街にある勤務先の東洋語学校まで、25分ほどの道のりを歩く。そのおりの様子が、ちょっとした小路のたたずまいも含めてきめ細やかに報告されている。「毎日毎日同じところを往復する動物か鳥のように同じ散歩を十年も繰り返していても少しも飽きるということがない」のだという。

森さんが通ったみち

この文章がずっと気になっていたものだから、今日は地図を片手に、同じ道をたどってみた。なにしろ40年前の沿道のスケッチである。当然のこと、森さんの文章にでてくる街並みはすっかり変わってしまっている。それでも通勤路の距離感を味わい、往時の様子を想像することができた。

いま滞在しているホテルは、オペラ座のほど近くにある。ホテルが面するオスマン通りは、森さんの往復したサンジェルマン大通りと同じで、プラタナスの並木がどこまでもつづくゆったり広い通りである。

8月14日に猛暑のパリについてからずっと、ホテルの周辺には、サンダルでぺたぺた歩きの観光客があふれていた。しかし、8月20日から3日ほどストラスブールで過ごしてパリにもどると、あたりの空気がすっかり変っている。

プラタナスの黄葉が一気にすすみ、朝夕の風がひんやりしてきた。もっと驚いたのは、ネクタイに革靴のビジネスマンやハイヒールの女性が、昼時のカフェを占拠していたことである。この人たちは、歩くスピードも速ければ、姿勢も颯爽としている。なにか目的をもってあるいている、という雰囲気なのだ。まるでどこかの違う町に戻ってきたような具合である。

そんなことを考えながら、オデオン広場のカフェで雨をさけ、ぼんやり外をながめていたら、森さんが例のうつむき加減の歩き方で、サンジェルマン通りの落ち葉を踏んで足早に歩いてくるような気がした。

ロダン美術館の空