大塚久雄先生と静謐な空間 (2)

教室のある本館1階の廊下

1980年にICU高校に移ってから、私が真っ先にしたのは、大塚久雄先生(西洋経済史)の講義にでることだ。もちろん経済史の学び直しという意味もあるが、自分が教える立場になったこともあり、授業者としての大塚さんにふれたいと思ったのだ。そういう目でみると、講義の受けとめ方も以前とちがってくる。ちなみに、長幸男氏は「大塚先生の講義は知的興奮であると共に高座の名人の講釈のように楽しくさえあった」と追悼文で書いている。(「朝日新聞」1996年7月11日付)

教室は本館一階にある。廊下の腰壁に花崗岩を貼ったこの建物は、もともと中島飛行機の中央研究所だったそうで、幻の特攻機といわれた剣がここで開発されている。そのうす暗い廊下を、羽織袴の大塚さんが助手の梅津順一さん(青山学院大学教授)と歩いてくる。

教室―備品はかわっても雰囲気は残っている

教室に入ると、両手の松葉杖を大きな教卓の傍らにおき、木製の固い椅子に腰をおろす。そして持参した1冊の本を右手奥におしやるようにおく。講義ノートをもたず、持参の本をひらくこともないから、それがどこか儀式のような趣になる。教室をひとあたり見わたしたあと、学生の顔をみながら、いつものゆったりしたリズムで話しはじめる。

大塚さんの講義は、話したことがそのまま文章になるくらい周到に構成された語りの世界である。だから1時間の講義がおわると、あたかも歴史の時間と空間を旅してきたかのような、心地よい疲れが残る。1979年に出版された『歴史と現代』(朝日選書143)の第1部が、当時の語り口の妙をよく伝えている。スペイン、オランダ、イギリスの歴史的盛衰を相互に影響しあう大きなうねりとして描いたものである。

教育研究棟の1階に研究室がある

こうした講義にはなみなみならぬ準備が必要だから、それが70代になった大塚さんの体力をひどく消耗させる。あくる日は終日ベッドに横たわっているのだという。研究室でのおしゃべりで、その様子が少しずつわかってきた。2日目から、次のプロットを考えるが、その作業はすでに早朝のうつらうつらした状態からはじまっている。一見して平明にさえみえる大塚さんの講義は、それだけの準備と熟成のすえに生まれるものだった。

大塚さんの講義からうけたインパクトについて、2001年につぎのように書いたことがある。

「5年間におよぶ聴講体験を通じて、優れた講義というものが、聞き手の内部で眠っている知識を刺激し、知識と知識の間につながりを与え、構造化し、豊かなイメージを伴って内的世界を押し広げる力をもっていることを実感した。

わけても印象的だったのは、聞き手のイメージを喚起する引例や挿話の力である。巧みな引例や挿話は、たんなる例示を超えた意味をもっている。事実の群れの中から注意深く選ばれ、固有の文脈の中に適切に配置された事例というものは、イメージの飛躍を助けるスプリング・ボードの役割を果たすものである。それはあたかも、現象世界を分析するためのキー・コンセプト(鍵概念)が頭の中に徐々に結晶化していく過程で、その触媒の働きをするかのごとくである」。(「教育における演劇的知」224-225頁)

講義の後、いつも数人が大塚さんとのおしゃべりに同席する。だから私には、大塚さんの講義と研究室での座談がセットになった一日である。こうした刺激をうけながら、獲得型授業論の成立にむけた準備が、私のなかでごくゆっくり整っていくことになる。

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