日別アーカイブ: 2012/07/10

学生証盗難事件

学部の2年生で、グリークラブの指揮者の仕事と学生自治会にあたるクラブ代表者会議の三役の仕事を同時にやった。どちらも身の丈にあまる仕事だから、それは過酷な日々だった。3年生になって、少し落ち着いて勉強できるようになり、夕方のプール通いも習慣になった。

1キロを1時間かけてゆっくり泳ぐ。壁面をけって水中に体をなげだすときの浮遊感がなんとも心地いい。雨の日でも泳ぎにいくから、監視員一人利用者ひとりのときもある。テニスに凝りだすと、雨の日でもテニスをして周囲を唖然とさせるのが私の行動パターンだが、こうした性癖は母親ゆずりである。

ベンジャミン・デューク先生(教育学科教授)は、キャンパス内の自宅から自転車でプールにやってくる。学科が違うので授業をとったことはないのだが、とても気さくな人柄だから、ロッカールームやプールサイドで親しくおしゃべりするようになり、その関係がながく続いた。私はメドレーで気分を変化させるが、デュークさんはクロールだけで1キロ泳ぐ。距離にもペースにもまったく変化がない。その徹し方にはなにか求道者的雰囲気さえただよう。おそらくそれが日常生活の律し方に通じるスタイルなのだろう。

4年生のある日、受付に預けた学生証(IDカード)がなくなった。原因不明のまま再発行ですませたが、忘れたころ事情が判明した。ローン会社から、数万円の督促がきたのだ。受話器をとると、若い女性がやさしそうな声で、吉祥寺駅前にオレンジ色の大きな広告塔をだしている会社の名前をあげ「渡部様のお借りになったお金が戻っておりません」と続けた。「あ、あの件だ」とピンときた。聞けば、私の父親が荏原製作所勤務になっているという。

そこまで確認してから、それは身に覚えのない借金であること、学生証の紛失届けをすでに大学にだしていること、そちらで学生証のコピーをとってあれば本人確認ができるはずだ、とたたみかけるようにいって電話をきった。

納得してくれたと思ったのだが、それではすまない。しばらくすると、そのローン会社から封書がきた。「金を借りておいて知らないとは言わせない。すぐでてこい!」とある。ご丁寧に「!」までついている。電話の応対と封書の文面のなんと落差の大きいことか。

大学の保安部長とふたりで三鷹警察署の窓口に相談にいくと、取調室のような小さな部屋に案内された。ほどなくあらわれた中年の担当者が「ああ、あの会社なら○○組ですよ」とよく知られた暴力団の名前をあげる。驚いたのは、その場で組長に電話を入れ「いまICUの学生さんが相談にみえているんだけど」と事情を説明してくれたことだ。

帰り際、捜査機関はあくまで警察だから、騙されたローン会社が警察に被害届をだすのが筋である、たとえ呼び出しがあってもローン会社には決して一人でいかないように、と注意をうけた。

“孤島のキャンパス”といわれたくらいだから、よもやICUまで「大学荒らし」がくるなどだれも想定していなかったが、この事件をきっかけに、プールの利用システムが変わる。学生証とは別に、体育館の利用証が発行されることになったのだ。