集落対抗相撲のこともそうだが、小学校の体育館がしばしばハレの空間になった。式典はもちろん、学芸会、映画会などの文化・スポーツ行事がすべてここでおこなわれたからだ。その体育館についてちょっとした思い出がある。
一つは、入学してほどなく瞼を切った事件である。休み時間、友だちと前後して体育館に駆け込もうとしたとき、なかを走り回っていた上級生と鉢合わせしたのが原因である。「目から火がでる」というがまさにそれで、にぶい衝撃を感じると同時にもんどりうって転倒した。最初は何が起こったかわからなかったが、まもなく眉毛のあたりから血が滴りだした。上級生の学生服のボタンがちょうど目のあたりにあたったらしい。すぐに村の診療所に運ばれ、その場で数針縫ってもらった。手術のあと看護婦さんに「よく泣かなかったわねえ。」とほめられたのがちょっと自慢だった。気丈というよりは、あれよあれよという間に手術が終わってしまっていたというのが正しい。右の瞼にいまも薄く残る傷跡がそのときの勲章である。
もう一つは、夜の体育館のことだ。叔母がこの学校の教師だったり、親戚のK先生が12年間も校長だったりした関係で、就学前からよく遊びにいったが、さすがに学校に泊まったことはなかった。なんのきっかけか忘れたが、3年生のとき、担任のM先生の宿直に合わせて泊めてもらう話がまとまった。
M先生は、マンガ「ど根性ガエル」に登場する町田先生を少しだけ小柄にしたような方だ。ちゃんと鼻の下にちょび髭もたくわえている。怪談話が得意で、少しくぐもった話し方に何とも言えない味がある。話法は単純明快、山場にくると一瞬言葉をとめてみんなを集中させ、全員が息をのんだとみるや「ワッ!」という思いもかけない大声をあげて聞き手をぎょっとさせる。それと同時に、トレードマークの皮製スリッパで木の床を激しく踏み鳴らすのだ。通常の話し声と「ワッ!」の落差がすこぶる大きい。野球で言えば、投手のスローボールがゆるいほどストレートが速くみえる、というあれだ。だれもが先生の技法を熟知していたから「さあ、そろそろくるぞ。」と身構えるのだが、それでもやっぱり一瞬の沈黙のあとにくる「ワッ!」にぎょっとし、そして喜んだ。
夜、懐中電灯をもって見回りするM先生のあとをついていくと、古い木造校舎の表情が私の知っている昼間の校舎とまるで別物だった。階段のギシギシする音が踊り場に響き、廊下を歩くと大きな暗い筒がどこまでも伸びているような錯覚を覚えた。ひとあたり仕事を終えて体育館に戻り、M先生と二人で跳び箱を飛んだ。明かりのとどかない闇に囲まれているせいか体育館がいつもよりずっと大きな建物に思えた。
翌朝、先生のつくった味噌汁をいただいて家に帰った記憶があるから、おそらく土曜日か夏休みの夜のことだったかと思われる。