武田清子先生-開拓する人

私の指導教授の武田清子先生(思想史)のインタビュー記事2本が、朝日新聞に相次いで掲載された。4月24日付夕刊「時の回廊」と4月28日付夕刊「人脈記―あの頃 アメリカ」である。

前者は、武田先生の代表作のひとつである『天皇観の相剋―1945年前後―』(1978年 岩波書店)の内容と成立の経緯を、後者はことし94歳になる先生の研究者として歩みを、いずれも今日的な問いを投げかけるものとして紹介している。

後者は「いい年をした私も、この人の前ではハナタレ小僧になった気がする」という書き出しである。とっても良くわかる。私も同じだからだ。

以下、日本大学教育学会の「会報」No.56(2011年5月31日)に寄稿した文章を掲載する。(一部割愛)

人生の喜びの一つは良き師、良き仲間との出会いであろう。私の場合でいえば定期的に参加している「思想史研究会」がそれにあたる。ICU(国際基督教大学)で武田清子教授の指導を受けた元学生10人の集まりである。会員は大学の1期生から20期生まで、年齢でいえば80歳近くから60歳あたりまでで、19期生の私は完全な若手に分類されている。共通しているのは、全員が「現役」の研究者だという点である。

毎回、新宗教、女性史など、それぞれの研究テーマについて報告してからディスカッションに移るのだが、今年94歳になる武田先生がだれよりも熱心に質問し、報告の論点が深まらないときは「つまらないわね」とズバリ批評する。会員同士が日常的に行き来することは殆どないが、それでていて互いへの信頼感を保ち続けている、純粋に研究的な交わりだといえる。

クリスチャンもノン・クリスチャンもいる自由な雰囲気にみちた「談話のコミュニティー」、それが私の思想的土壌である。こうした運営に象徴される武田先生の指導は、一言でいえば、各個人の内発的動機を尊重しながら、長く追究するに値する研究テーマ―先生はそれを“研究の鉱脈”と呼ぶ―を自分の手で掘り当てるようにアドバイスするというものだ。「自立した個」として相手を尊重するという姿勢は、先生自身が開拓的な仕事を続けてきたことと関わっているように思う。

自伝的な本である『わたしたちと世界―人を知り国を知る』(岩波ジュニア新書、1983年)や『出逢い―人、国、その思想』(キリスト新聞社、2009年)を読むと、フランクリン・ルーズヴェルト夫人やインドのネルー首相など交流の広さに驚くとともに、20世紀から21世紀にまたがる、一人の研究者としてまた女性としての、稀有な思想形成の歩みをうかがい知ることができる。

武田清子先生は、1917(大正6)年に伊丹市郊外の大地主の家に生まれ、親鸞の教えに帰依するお母さんの影響を受けて育った。入学した神戸女学院では、デフォレスト院長の思想に深く共鳴する。それは、「人間が自らの位置を占め、ほかの誰もなし得ないものを社会に貢献するよう、神が一人ひとりにチャンスを与えている」という信念である。1942年に戦時交換船で、留学先のアメリカから帰国することになるのだが、そのときすでに生涯のテーマを「キリスト教思想と日本の伝統的思想(神観、人間観、歴史観、社会観)がどのような対話、相剋を展開するかを思想史の課題とする」と定めている。戦後、そのテーマを一貫して追究するなかで『人間観の相剋―近代日本の思想とキリスト教』(1959年、弘文堂)、『天皇観の相剋―1945年前後―』(1978年、岩波書店)など、比較文化的、比較思想的な数々の作品を残してきた。

武田先生の開拓性にはいくつかの側面があるように思う。一つは、留学で得た新しい問題関心を戦後できたばかりのICUという大学を舞台に時間をかけて育んでいったこと。もう一つは、それと表裏の関係にあるが、大塚久雄、丸山真男氏らが寄稿した『思想史の方法と対象―日本と西欧』(武田清子編、1961年、創文社)にみられる通り、新しい学問としての思想史研究のあり方そのものを問い続けてきたこと。さらには、アイヌ伝道のジョン・バチュラー、民芸運動の柳宗悦、婦人参政権運動の市川房枝など、それぞれの分野で開拓的な仕事をした人々の思想をよく研究の対象にしていることである。

かつて、武田先生の指導のもとで「J.J.ルソーにおける平等思想の展開」という卒業論文を書き、以来、35年にわたって指導を受けている。結婚式の主賓挨拶が「淳くん、勉強してください」だったが、その後、思想史研究から教育研究に「方向転換」した教え子の研究の進展をよほど心配に思っておられるようで、いまでも時々電話をかけてきてくださる。

時代の提起する課題と向き合って開拓的な仕事をする人、一日一日を大切にして日々の暮らしを振り返る人、それが武田先生を通して描く「私の教師」のモデルである。先生から学んだことを、どれだけ学生の指導に生かせているのか心もとなくはあるのだが、こうした先達に巡り合えた偶然をしみじみ幸運だと感じている。

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