『世界』3月号の教育特集

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『世界』(岩波書店)の3月号に、「アクティブ・ラーニングは可能か」という一文を寄せている。“「学び方改革」の視座”と題する特集の一環で、これは2020年から実施される学習指導要領の改訂をにらんだ企画である。

『世界』が教育問題をテーマにして大きな特集を組むのは珍しい。私が以前かかわった特集では、なんといっても“総合学習大丈夫? 学校の新しいかたちを考える”(2002年6月号)が印象深い。その時に寄稿した論考が「総合学習に展望はあるか」で、教育雑誌に投稿したときとはまた違う層の人たちから反響があったからだ。まだICU高校の教師だったころのことである。

あれから15年たつが、この15年の間に、日本の言論状況そのものがすっかり様変わりした。『論座』や『展望』などの総合雑誌が相次いで撤退し、その一方で、民主主義の危機が当時よりも明らかに深刻の度を増している。その分、『世界』に期待される役割が大きくなったということだ。

ましてやこのところの社会情勢である。トランプ問題、憲法問題、沖縄問題、経済格差と貧困化、原発問題等々、限られた誌面のなかで取り上げるべき喫緊の課題がいくらもある。

それらのテーマに比べると、教育問題は一見して緊急性が乏しいテーマのようにも見える。確かにそうかもしれない。ただ総合雑誌には、アップツーデートな課題を取り上げると同時に、中長期的なスパンで考えるべき事柄を提起して言論の歴史に爪痕を残していく役割もある、と思っている。

その意味で、今回、『世界』の編集部が教育問題で特集を組む、という見識を示したことに、改めて敬意を表したい。

2度目の餃子パーティー

先週の16日が、卒業論文・修士論文の提出日、なんとその当日にゼミの餃子パーティーがあった。会場は大学のカフェテリアである。

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〆切当日にこうした催しをやるのは初めてだ。今回も卒論幹事の金梅さんが、準備を一手に引き受けてくれた。

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事前に皮や具の下ごしらえがちゃんとしてあるだけでなく、当日も、提出する卒論と一緒に、コンロ、鍋、作業道具、調味料のはてまで、すべて金さんが家から持参してくれたのだという。

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たいがい卒論・修論を提出するだけでも青息吐息のはずなのに、2つの仕事を何事もなかったようにこなしてしまう。なんとも凄い人である。

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さすがに2回目ともなると、われわれの作業スピードも格段にアップする。中国の餃子事情を聞いたりして、ワイワイやっているうちに、30分ほどで150個の餃子が完成してしまった。

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皮から手作りだから、食感といい味といい言い申し分なし。すっかり堪能してから、あらためて飲み屋に移動、お酒とおしゃべりもゆっくり楽しんだ。

こんなこともできるのかと目からウロコの楽しい一日だった。

一年半ぶりの那覇

2015年の8月に「不屈館 瀬長亀次郎と民衆資料」でやったあかり座公演以来だから、一年半ぶりである。

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よほどのことがない限り、滞在中に一度は沖映通りにあるジュンク堂によることにしている。モノレールの見栄橋駅からほど近い場所だ。

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お目当ては2階の沖縄本コーナー。ラインアップが素晴らしい。上の写真に写っている棚全部が琉球・奄美関係の本で埋まっている。ジャンルも多彩で、考古学の成果に始まり、琉球王朝時代を扱ったもの、戦前・戦中・戦後の沖縄の歴史や国際関係を対象とするもの、ことば、習俗、芸能、工芸、食文化、街歩きガイド・・・、重いものから軽いものまで、実に充実している。その大部分が地元の出版社の本だからまた凄い。

これだけ豊かな出版文化があるということは、もちろん琉球王朝以来の民度の高さを示してもいるだろうが、その一方で、過酷すぎる歴史のしからしむるところではないのか、とも思う。片端から読みたいのだが、残念ながらしばらくは時間がとれそうもない。

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沖縄では、ここ何年も観光地然としたところに近寄らなくなっている。その代わり、ちょっと時間がとれると、何でもない通りを歩いて、地元の人がいく普通のお店で食事をとる。

今回も感じの良い沖縄そばのお店にぶつかった。それで、次回もここにきてみようかな、などと考えている。

古市古墳群

年末のことになるが、あかり座公演にあわせて、宮崎充治さんが「ディープ大阪ツアー」を企画してくれた。武田富美子さんとの3人旅である。

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今回のテーマは古墳巡り。阿倍野橋から近鉄線で南下し、古市駅下車。手前にある道明寺駅まで、一駅分だけ歩く。(上は誉田八幡宮)

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そんなに長い距離ではないが、誉田八幡宮―応神天皇陵―古室山古墳―道明寺―道明寺八幡宮と、見どころ満載だ。(上と下は応神天皇陵)

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地図でみると、羽曳野市のこの周辺だけで大小30ほどの古墳が確認できる。仁徳天皇陵を中心とする百舌鳥古墳群とあわせて、世界遺産登録を目指しているらしい。(下は古室山古墳の後円部でとても見晴らしが良い)

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この日は晴れたり曇ったりを繰り返す怪しい空模様になったが、その分、応神天皇陵の山の端からこぼれてくる西日をみて、改めて歴史の厚みを実感したことだった。

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道明寺八幡宮は、初詣にそなえて大きな賽銭箱を設置、通路の砂利も新しくしているから、ひときわ清々しい雰囲気である。

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そんなこんなで、大阪情緒にあふれた歳末の気分とあかり座公演の無事終了にともなうホッとした気分、その両方を味わうツアーになった。

11回目の新春合宿

早いもので獲得研の正月合宿も11回を数える。今回から新しいプログラムが2つ加わった。

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1つは、3月28日(火)に予定されている「高校生プレゼンフェスタ」の予行演習だ。本番は「江東区深川江戸資料館」(江東区文化コミュニティ財団)の展示資料を使い、その場で“(仮)海外に伝えたい江戸のクール”を共通テーマにした演劇的プレゼンをつくる。今回は、そのシミュレーションをやってみようというのだ。

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天保年間の深川佐賀町の街並みを再現した展示会場をタップリ案内してもらったあと、合宿所に戻って5分間の発表をつくった。

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いまどきの高校生の生活と江戸庶民の暮らしではちょっと距離がありすぎやしないか、まして発表を創るとなると難しいのではないか、という危惧もでた。ただ、やってみると色んなアプローチができる。

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それで、大家さんが朝木戸を開けてから夜閉めるまで、長屋の人々の助け合いの暮らしぶりを描いた『初午の前』、タイムスリップした日英の若い女の子2人が、チョキ船の船頭や長唄の師匠から、自然と親しむ暮らしが現代につながっていることを学ぶ『今に生きる江戸の暮らし』、時代を隔てた2組の男女の生態を交互に演じて、果たしてどちらの暮らしがより豊かなのかと観客になげかける『シングルライフ ~今と昔~』という3本の発表ができた。

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これらの発表を、本番で展示解説をしてくださる深川江戸資料館の小張洋子さんにも楽しんでいただいた。高校生プレゼンフェスタの本番まではあと2か月、企画のイメージを資料館の方々とすり合わせる作業が、これからしばらく続くことになる。

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もう1つの新企画がオトナの「聞き書き甲子園」である。こちらは髙﨑彰、初海茂、三宅典子の各会員にそれぞれのライフコースを語ってもらい、その語りをもとに聞き書きグループが3本の演劇的プレゼンをつくるもの。

人に歴史あり。ひとは自分の人生のどこにポイントをおいて語り、聞き手はそれをどう受け止めて表現するのか。こちらのプログラムでも、時間の制約が作り手の集中力と緊張感をいやがうえにも高めて、実に興味深い3つの切り口のドラマが生まれたのだった。

プログラムが余りに充実していたせいだろう。帰りの電車でウトウトしてしまい、あやうく所沢駅を乗り過ごしそうになった。

アクティブ・ラーニングの大阪公演

一昨日のあかり座公演「学びの魅力とパワー!! ~教師・学習者のためのアクティブ・ラーニング入門セミナー~」(会場:クレオ大阪中央)は、日本学校演劇教育会関西支部との共催だった。この共催というスタイルは、昨年夏の那覇公演(沖縄歴史教育研究会)と同じだ。

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東京でやる獲得研セミナーに、毎年参加している大阪の南村武先生が、今回の公演の発案者にして推進役である。吉田美彦先生(関西支部事務局長)、松井きょう子先生(京都産業大学)を中心に、とてもスムーズな運営だった。

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とくに目立ったのは、獲得研の企画に初めて参加したという人の割合が高かったことだ。参加者の数が多いだけでなく、地域的にも仙台、東京、島根、岡山、広島などからの参加があり、このテーマへの関心の広がりがうかがえた。

今回は、関西側の発案で、小中教員向け、高大教員向けの各々90分のワークショップを並行して行うことにした。これは新機軸である。

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前者の担当は、桐朋小学校の宮崎充治先生。絵本『風きるつばさ』(木村祐一・文、黒田征太郎・絵)のアネハズルの気持ちと行動を、フリーズ・フレームとホットシーティングの技法を使って味わっていく。

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後者の担当は、立命館大学の武田富美子先生。生物の分類について学ぶプロジェクト「私はミミズ」(開発者:北海道大谷室蘭高校・藤田真理子先生)を、「なりきりプレゼン」の技法をつかって参加者に経験してもらう。

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大阪公演のたびに感じるのは、関西圏の参加者の表現力が高いということで、相当なハードルを設定してもサラッとこなしてしまう。さらに、宮崎さんと武田さんがもともとこちらの出身とあって、関西弁を使ったファシリテーションが板についている。

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私の基調講演「アクティブ・ラーニングと獲得型授業」の方は60分の予定を5分オーバー、例によって宮崎さんから“しゃべりすぎでしょ”とおこられた。面目ない。

本格的な振り返りはこれからだが、いまの時点ではっきりいえるのは、今回の取り組みを通じて両団体のネットワークが確実に広がったということである。

穏やかな週末

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風のない穏やかな週末になったので、思い立って、最後まで残っていた大きい方のマキと紅椿の剪定をした。これで秋田と所沢、2週続きの庭仕事ということになる。

気がつくと垣根のサザンカが、大きめの花をたくさんつけている。

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今年は、実生で生えたモミジがほど良く育ったので、庭の入り口の小さな垣根に仕立ててみた。北向きでそんなに日当たりはよくないが、それでもいい具合に赤く染まってくれて、まあまあねらい通りである。

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10数年ぶりに垣根の杭の交換もしたいと思っているのだが、込み合うスケジュールを考えると、こちらの方はちょっとやれる自信がない。

これで年内の庭仕事は一段落ということになるかも知れない。

冬支度4

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なかなか段取りがあわなくて、帰省が遅れているうちに、とうとう雪が降ってしまった。11月24日(木)は、東京で54年ぶりとなる積雪に振り回されたが、その翌日の金曜夕刻に秋田入りし、ようやく土曜日に冬支度の作業ができた。

ここまで帰省が遅れるのは珍しい。庭がうっすら雪に覆われ、軒下にも屋根から滑り落ちた雪がかなり積もってしまっている。ただ、天気が晴れたので、作業そのものに支障はない。

秋の作業はいつも垣根の手入れを主にしている。屋敷の北側の道路に面したユキヤナギの垣根がすっかり落葉して、まるで柴垣のような具合になっている。そのかわり、冬枯れた景色のなかで、ガマズミとムラサキシキブの実が、一入鮮やかに、光沢のある輝きをみせている。

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今回は、入院明けの作業を心配して、千葉から妹が参加してくれた。彼女も日ごろから、自分で庭木の手入れをしているので、さすがに手際が良い。二人で手分けをすると、いつもの倍以上のスピードで仕事が進む。

ニュースでみていると、秋田の天候は、前日の金曜まで雨や雪ばかり、日曜からはまた雨や雪の予報がでている。「作業をするならこの土曜日しかない」という貴重な一日にたまたまぶつかったことになる。

もうひとつ驚いたのは、日曜の朝の便から夕方の便まで、東京方面行の秋田新幹線がすべて満席だったことだ。緑の窓口の人によると、この混雑は、吉永小百合さんが宣伝している「大人の休日倶楽部」の影響らしい。私は、絶妙なタイミングで指定席券の「最後の一枚」を入手し、なんとか無事に帰京することができた。

そんなこんなで、今回は二重にラッキーな帰省になった。

大塚先生の記念シンポ

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先週、青山学院大学で「大塚久雄 没後20年記念シンポジウム―資本主義と共同体」があった。80人を超す参加者で大盛況、久しぶりにICUの大塚ゼミの面々とも顔をあわせた。シニアはもちろん、若い研究者の姿もかなりみられる。

没後20年たってこうした大規模なシンポジウムが開かれること自体そんなにあることではない。

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経済史研究の分野から報告者が3人、コメンテーターが2人登壇したから、論点が「コモンウィール」「アソシエーション」「欧州の経済統合」「ネーション」「宗教的コミュニティ」とすこぶる多岐にわたり、発表もそれぞれ力のこもったもので面白かった。

主催者側の配慮だろう。東大、慶応、立教、早稲田でそれぞれ大塚史学にふれた人たちが登壇者になっている。大塚さんからみると孫弟子の世代の研究者も多いことから、研究の広がりが実感できて、それも面白かった。

懇親会の席で、大塚さんの学問の総合性と課題意識のアクチュアリティにもっと注目すべきだという提起があったが、確かにこれからは、大塚さんの学問研究の含意を、経済史研究の枠を超えて検討していくことも必要ではないか、と感じたことだった。

法然院の庭

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たたずまいの良いお寺ときいてすぐに思い浮かぶのは、京都の法然院である。内藤湖南や河上肇のお墓がある寺だ。

長く続く参道をのぼっていくと、ちょっと高い土台のうえに鎮座する小ぶりな山門が、まず姿をあらわす。まるで柔らかい結界のような、風雅な印象を与える山門である。その山門がつくりだす額縁のような四角い空間の向こうに、季節ごとに表情をかえる庭の緑がみえている。

今回はじめて建物の内部を拝観したが、想像した通りのお寺だった。天井高が低めで、庭の植栽が建物のすぐ間際まできている。いきおい内部空間と外の景色が混然一体に感じられるから、物々しい感じがなく、居心地がすこぶるよろしい。学生ガイドの説明を聞いたり、庭の湧水で淹れたというお茶を頂戴したりして、ゆっくり半日過ごした。

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お寺のたたずまいも良かったが、貫主の梶田真章師の講話がまた良かった。いただいた資料に、年間100回以上も説法すると記されているが、お話の内容が現実社会の動向としっかりかみあっていてリアリティがある。

そもそも講話をはじめるまえに質疑応答の時間をとります、というお説教は初めてである。小乗と大乗の違いから始まって、日本の教派仏教のそれぞれの特徴や法然の「他力本願」の本来の意味など、こんなに分かりやすいお話は聴いたことがない。

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お寺でこうした感覚を味わうのはひさしぶりである。もう20年ほど前のことになるが、浄瑠璃寺で佐伯快勝師のお話に引き込まれて以来だろう。もともと浄瑠璃寺は好きなお寺だったが、佐伯師のお話を聴いてから浄瑠璃寺がいっそう好きになり、京都で研修会があった折に「ほとけの世界観とこころの国際化」という講演をお願いしたのだった。

それでふと思ったは、訪問者として当方が感じるお寺のたたずまいについての印象と、住持の方の姿勢というのは、相当深い関連があるのではないか、ということである。