松の表情

ゴヨウマツと臥竜の松(クロマツ)を透かしてもらうと、上の写真のような表情が姿をあらわした。現代アートのオブジェを思わせる迫力である。

剪定によってゴヨウマツの存在感が格段に高まった。わけても長大な枝がみせる表情の多彩さに驚かされる。

臥竜の松に注目してみると、地面から左手上方に伸びあがった幹が、いったん大きくうねって右手の高みをめざしているように見える。なるほど頭をもたげて上空に飛びあがらんとする龍の姿である。

時間をかけて眺めているうちに、隠れていた庭の構造が次第にはっきり見えるようになってきた。2本の松は、もともと一体でデザインされたものだろう。

庭を眺めることは、古人との対話であり、時間との対話であり同時に一種の謎解きでもある、そんな風に感じはじめている。

松の剪定

東庭の手入れが一段落し、作業の重心を南庭の手入れに移している。南庭は、林立する松が主役になる庭だから、ここから先はプロの力を借りるほかない。

南庭には古木が多い。私の趣味とはちょっと違うが、幹や枝の尋常でない撓め方のせいで、まるで巨大な盆栽みたいな姿になっているものもある。ゴヨウマツと臥竜の松の間からみる上の写真のキャラボクもそうだ。(東側から)

反対の西側から見ると、こんな姿をしている。おそらく臥竜の松と同じころの庭師の仕事かと推測しているが、地面からでた幹がすぐに二股にわかれ、両方ともが、まるで大蛇のようにとぐろを巻いてから上に伸びあがっている。

今回、樹木の自然な姿を大切にする福岡造園の福岡徹さんにゴヨウマツの剪定をお願いしたことで、南庭の面目が一新した。

ゴヨウマツと臥竜の松(クロマツ)の2本を一体に見立て、東西にゆったりと枝を伸ばす姿で仕立ててくれたのだ。混合う枝を透かし、10本あったゴヨウマツの支え木もあらかた撤去して、なんとも清々しい景色になった。

自分の好みにあう仕立て方がようやく見つかった気分である。

高木の伐採―その後

秋田に出張があったので、それを機会に、まずは屋敷の外周道路沿いの高木を伐採した後がどんな様子になっているのか、見てまわることにした。

するとどうだろう。高木のかげになってすっかり忘れられていたような木々が、いまは燦燦と陽の光をあびて存在感を発揮しはじめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬枯れの気配を残していた西庭のモミジの葉っぱも、すっかり緑の色を深くしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2か月前の庭の様子とはまるで別物である。それで、こちらが多忙を極めていたほんの2カ月の間に、これほど早いスピードで季節が移ろうのかと、ちょっと不意をつかれた感じになった。

ラッセルスクエア周辺

地下鉄のラッセルスクエア駅は、ロンドン大学の最寄り駅だが、私にとっては書店のディロンズに通った駅という印象が強い。

1990年代は、いまよりも円高だったから、本をたくさん抱えて地下のカウンターにいき、そこで箱詰してもらった本を、数か月後に船便で受け取った。当時のディロンズもいまは書店ウォーターストーンズに変わっていて、地階にあるカフェにだけその名が残っている。

書店までの経路だが、駅の改札をでてからラッセルスクエア公園を左手にみて、まず交差点をわたる。(上の写真:ラッセルスクエア)

そのままワンブロックばかり北上すると、もう一つの公園タビストックスクエアがあらわれる。このあたりには○○スクエアという名の公園がいくつもある。(下の写真:タビストックスクエア 背中はガンジー像)

タビストックスクエアの前で左折し、まっすぐ道なりに進むと、やがて書店のビルがみえてくる。

今回もそうだったが、タビストックスクエアでよくリスを見かける。10年以上前になるだろうか。早春の午後に、時ならぬ雪のふる公園を通ったら、一匹のリスがひょっこり目の前に姿をあらわして、一定の距離を保ったままどこまでもついてきたことがあった。

教育や演劇関係だけでなく、いろんなジャンルの本を船便で送ったが、そのなかに植物やガーデニングの本も含まれていた。

20年以上も前からイギリスの庭づくりに強い関心があったとは思えないのだが、ガーデニング関係の大型本がいまも書棚に鎮座していて、最近になって、それらをよく見返すようになってきた。

旧角川邸、旧大田黒邸の庭

ほとんど外出しないまま大型連休を終えたのだが、思い立って、連休の終盤に荻窪駅の南口にある角川庭園・幻戯山房と大田黒公園を訪ねた。どちらも杉並区が管理している。

旧角川邸は、細部まで神経の行き届いた近代数寄屋建築(加倉井昭夫設計)と庭園が融合して、庭屋一体、きわめて居心地の良い空間になっている。

かつては眼下に畑が広がる風景だったというが、南にゆるやかに傾斜した段丘を活かした明るい雰囲気の庭である。

庭の広さとそれに見合った小ぶりな植栽のバランスがみごとで、なんとも言い難い洗練さがある。わたしは住み手である角川源義という人の美意識にちょっとふれられた気がした。

同じ個人住宅だが、旧大田黒元雄邸は角川邸とは対照的なたたずまいで、広い邸内に林立する松、モミジの巨木が圧巻である。箱根あたりの庭にありそうな、豪壮な石組みと立派な池泉もそなえている。

ただ、若き日をヨーロッパで過ごした人の好みだろう。建物の前に広がる景色が広い芝生になっているせいで英国の風景式庭園を思わせから、どちらかといえば折衷様式のテイストがある。

この大田黒邸のアカマツ群は、見上げると首がいたくなるほどの高さで林立している。余りの迫力に最初こそ驚くが、そのうち、なるほど林立する幹そのものが見どころになる庭もあるのだと、納得させられた。

角川邸で時ならぬ雷雨にあい、長い雨宿りになってしまったが、それもまた風情があって楽しかった。

空間のバランス

この冬、クレーン車を使って秋田の高木を伐採してもらった。外周道路に面したケヤキやヒバ28本が対象である。

200本のうちの28本だから、本数にするとほんの1割だが、効果のほどは劇的で、こんなに変わるかというくらい屋敷の空気が一変した。一言でいえばスカッと開けた空間になった。

(左側の門柱の横に、今回伐ってもらったヒバの切り株がみえる)

そこで今回は、春の到来を待ちかねて、いつもより早く屋敷の手入れにでかけ、庭の入り口にある門柱の足元に敷石をしいてみた。

もともとこのアプローチは、いまの家に建て替わったとき、両親が茅葺屋根時代の中門を再利用して築いたもので、正面には自然石を刳りぬいた蹲が据えてある。

ほんの小さな改修だが、これまで庭の現状維持に多くのエネルギーを使ってきたことを考えると、新しい変化の第一歩ということになる。

秋田の庭の手入れをしていると毎回何かしら発見がある。今回は、芽吹きの前とあって、幹から枝先までクッキリ見えるから、いやでも木々の関係性に目がいった。複数の高木が構成する空間のあり方が気になったのだ。

訪問者がわが家の玄関に立つと、母屋の屋根越しにツガ、アカマツ、カエデ、山桜、ケヤキ、杉、ヒバの高木の先端部分が横一線に並んでみえる。いずれも西庭を構成する木々で、この奥行きの深さがわが家の景色の特徴といっていい。

(屋敷の西南側から築山越しに土蔵・北方向を見たもの)

上の写真がそうだが、実際に西庭の奥に足を踏み入れてみると、上述の木々が横一線に並んでいるのではなく、タップリ空間を取って互い違いに配置されているのが分かる。

ただこれだけの高木になると、それぞれの樹木がより大きな空間を占有する必要がでてくる。その結果、中空を分け合うといえば聞こえがいいが、空間を奪い合ううちに微妙なバランスが生まれ、それが景色になっている。

上の写真のアカマツがその典型で、見上げる幹の途中から、ほぼ垂直といっていい角度で真横に伸びる長い枝の存在を確認できる。日の光を求めて、まるでアカマツが自らの意志でまっすぐに腕を伸ばしているかのような姿だ。

こんな具合で、何気なく眺める庭の木々から生態系の不思議が垣間見えてくる。世界の姿を凝縮したものが庭園だと思ってきたが、近ごろますますその感を強くしている。

第18回高校生プレゼンフェスタ

3月26日に江東区の深川江戸資料館で、第18回高校生プレゼンフェスタ「江戸・東京のくらし再発見」があった。今回も8校から集まった30人の高校生が、6チームに分かれて半即興型のプレゼン作りに挑戦した。

深川江戸資料館は年間10万人(うち海外の旅行者1万人)の来場者がある下町巡りの人気スポットである。

この施設との連携は3回目になる。さすがにここまで経験を重ねると、フェスタを運営する獲得研と資料館の間の意思疎通もきわめてスムーズである。

もともと高校生の来場者比率が低いこともあり、その分生徒たちの熱心な反応が、案内してくださるガイドの方たちにも新鮮に映るのだという。

獲得研の側から見ると、博学連携のこのプログラムは、インターハイスクールの交流活動という側面とプログラムを運営する教員自身の研修プログラムの側面という2つの要素を含んでいる。

教員研修の視点からみると、今回も「拍手回し」を創造的に応用した宮崎充治氏(弘前大学)のウォーミングアップ、参加者を巻き込んでプログラムを解説する藤牧朗氏(目黒学院)のガイダンスに、新工夫が施されていた。

教員デモンストレーションは、落語「長屋の花見」をアレンジしたニュースショー形式の発表である。両角桂子氏(所沢北高校)の脚本に、卵1個が現在の価格で400円相当だったという情報などが盛り込まれていて、なるほどと感じ入った。

参加生徒の特徴ということでいえば、もっとも緊張する集合のときから、もう和やかで柔らかい雰囲気を醸しだしていたことがある。

また発表形式の特徴としては、クイズの要素を入れて観客を巻き込む工夫がとくに目立った。似通った形式が多い分、それぞれのチームが発表空間をどうデザインするのか、そのバリエーションが際立ってきて、それも面白かった。

資料館側の全面協力もあって、ハンズオン資料が、発表本番で例年になくたくさん使われたのも今回のフェスタの特徴である。

これまでプレゼン・フェスタの運営にかかわる様々な知見を蓄積してきたが、今回は、例えばイギリスであかり座公演をやるときにこれまでの経験をどう活かせるのか、そんなことに考えながら見ていた。

つまりは日本で開発したプロジェクト学習の方法を海外で実践してみるということなのだが、その実現は、プレゼン・フェスタのもつ可能性に今までとは違った角度から照明をあてることにつながるのではないか、そんな風に感じたことだった。

多文化主義の退潮

イアン・デービス先生(ヨーク大学)から、イギリスで多文化主義が語られなくなったという話があったが、Brexitをめぐる推移をみるにつけて、なるほどと実感できる。

スミス・スクエアにあるヨーロッパハウスを、藤光由子先生のアレンジで見学して、その感をさらに深くした。

階段ホールに、EUの歴代委員長の肖像が掲げられているこのビルは、ルーフトップバルコニーから、ビクトリアタワーやウェストミンスター寺院が間近に望める、まさにロンドンの中心地である。

しかも、ギャラリーと会議場を備えたこの建物は、もともと保守党の所有だったもので、サッチャ―政権が成立したときの記者会見は、まさにこの場所で行われたのだという。このあたり、ヨーロッパハウスに対するEU側の力の入れようが推し量られる。

案内してくれたポール・ケイさんは、ブリュッセルの本部から派遣され、英国に多言語主義を定着させるため、さまざまな企画展を開いたり、パンフレットを編集したりという役割を担ってきた方だが、3月中にこのオフィスをたたんで、ブリュッセルに帰ることになっているのだという。

Brexitは一時的に延期となっているが、さて8月の訪問のときにはどうなっているのか、目が離せない。 –

オックスフォード大学の授業

先日、オックスフォード大学のオリエンタル・インスティテュートで、1年生の日本語クラスを見学させてもらった。担当の西澤芳織先生は、昨年のパリ研修会の参加者である。受講生6人という恵まれた規模で、そのなかに日本語学習歴6年の学生も混じっている。

左が金田先生、右が藤光先生

 この日のテーマは敬語だが、西澤先生の進め方がすこぶる面白い。アルフォンス・デーケンさん、弦念丸呈(ツルネン・マルテイ)さんなどの文章を素材にしてペアワークをやるのだ。作家本人に「なった」学生に、インタビュアー役の学生が質問し、内容を立体的に描き出す。ドラマ技法の「ホット・シーティング」を使った授業である。

3組のペアがそれぞれ会話を終えたところで、「嘘も方便」と「本音と建て前」の境界はどこだろう、という議論になった。ゲストのわれわれも意見を求められたが、さすがに不意をつかれた論点で、思わず知らず熱い議論にまきこまれる結果になった。

後列中央が西澤先生

 ディスカッションを通して気がついたのが、学生たちの背景の多様性である。6人のなかに、フランス系、ルーマニア系、中国系、スコットランド系、日系の学生がいる。議論しているうちにごく自然に比較文化論になっていくので、これがまたなんとも楽しい。

 授業の後、旧知の金田智子先生(学習院大学教授 サバティカルで滞在中)が、発表を担当する研究会にも飛び入り参加させてもらったので、これまでのオックスフォード大学訪問とはまた一味違う展開になった。

教育の方法・技術論の教科書が完成

昨年来、集中して制作に取り組んできた『教育の方法・技術論』(Next教科書シリーズ:全10章+資料編 弘文堂)がようやく完成した。深く美しい色のカバーをまとった本である。各章の執筆者として、日本大学の各学部に所属する教育学関係の先生たち(5名)と獲得研の先生たち(3名)に加わっていただいた。

「教育の方法及び技術」は教職コースの必修科目である。そこで今回は、新しい学習指導要領を視野に入れ、アクティブ・ラーニングについて学ぶだけでなく、実際にアクティブ・ラーニングを経験しながらその指導法も学べる教科書をつくることにした。いわば“入れ子構造”になっているのが、この教科書の特徴の一つである。

 Next教科書シリーズでは、人文・社会系の30科目以上の本がすでに刊行されているが、弘文堂はこのシリーズ以外にも沢山の教科書を出している。さすがに専門出版社だけあって、その編集作業は極めて緻密なものである。

ただ、弘文堂の本といえば、私の中では、河上肇『貧乏物語』、土居健郎『甘えの構造』、大塚久雄・川島武宣・土居健郎『甘えと社会科学』などの印象がつよい。とりわけ、恩師・武田清子先生の初期の代表作『人間観の相剋―近代日本の思想とキリスト教』(1959年)がそうである。

60年の時を隔てて、まさかその弘文堂から、獲得型教育の理念をベースにした教科書をだすことになるとは・・・、届いた本を手にして、不思議の感にとらわれている。