冬支度5

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秋田の庭であいかわわらずヒバと格闘している。今回は、直径15センチほどの立ち木を、20本ばかり間伐し、直径30センチ近い大枝の枝打ちもしたから、作業を終えたときには、まるで屋敷中が戦場のようなあり様になった。

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千葉から合流した妹が電動チェーンソーをふるって奮闘したのだが、若いころ合気道で鳴らしただけあって、身体操法が見事である。重心の移動がスムーズなのだ。

おかげでこんなに広い庭だったのかと思うほど、屋敷まわりがスッキリ明るくなった。鬱蒼と茂ったツバキを切ったら、地面から、実におだやかな円相の庭石が顔をだした。陶芸の辻清明さんの代表作「信楽大合子 天心」の頂上部を一回り大きくしたような、みごとな丸みである。

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一方、私の方はというと、よほど仕事の段取りに気がむいていたのだろう。どうも宿に上着とズボン一式を忘れてきてしまったらしい。おかげで帰京しようとしたら、ジャージに黒の革靴といういささか間抜けな格好ができあがった。

さてどうしたものか。かといって、慌てて洋服をかうのも業腹である。そこでスポーツ関係者の方々には申し訳ないことだが、勝手に心のなかで「スポーツ大会の引率の帰りなんで・・・」という設定をつくり、その気分のまま新幹線に乗り込むことにした。

帰宅した私の姿をみたワイフが、腹をかかえて笑ったことは言うまでもない。

口縄坂

気になっていてもなかなか訪れる機会がない、という場所がいくつかある。大阪上町台地の坂道もその一つだ。地図で見ると、谷町筋から松屋町筋の方に向かって下る坂が何本もある。

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近くに講演にきたついでに、一つだけ坂道を歩いてみることにした。

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歴史散歩をする年配者がたくさんいて、日盛りのなかを幾組も歩いている。そのあたりは東京の都心を散歩するのと同じ雰囲気だ。

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ここ口縄坂を上ると、織田作之助「木の都」の文学碑がある。

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近くの寺に、私の好きな田能村竹田の墓もある。

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お詣りにきていたご夫婦に、入り口で竹田のお墓の場所を尋ねたら、あいにく知りませんという。

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まあ、興味がないとそんなものかもしれないなあ、と思った。

札幌・小樽研修旅行

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大学院「教育内容論」ゼミの研修旅行は、北海道開拓史がテーマだった。このテーマは、2014年以来である。

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時あたかも「札幌国際芸術祭2017」の時期とあって、札幌駅の雰囲気もいつもと違っている。

今回も初日に、札幌農学校の演武場だったという時計台を訪ねたのを皮切りに、旧北海道庁の文書館で、屯田兵関係の資料を見せてもらった。

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2日目は小樽。北前船関係では、旧佐藤家の鰊御殿(積丹の泊村から移設)、旧青山家別邸(青山家の鰊御殿は札幌にある「開拓の村」に移築)をみた。


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さらに幌内炭鉱から小樽港に石炭を移送するのに活躍した鉄道遺産を訪問。(ここにある旧手宮駅の扇型車庫、転車台などは重文)

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船舶輸送の関係では、日露戦争後に樺太分割の会議の開かれた旧日本郵船株式会社小樽支店の建物も案内してもらった。(これも重文)

 


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3日目には、改装なった北海道大学総合博物館も訪ねたから、実に盛りだくさんのプログラムである。

今年は、色んな事情で2年生が参加できなかったため、1年生だけの旅になった。日本人は幹事の近藤くんのみ、あとは李くん、楊さん、欧さん、秦さんといずれも中国からの留学生という異色のチームだった。
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改めて写真を見返してみると、5人のポーズが日を追ってリラックスしていくのがわかる。お互いの関係がどんどん近くなったことを象徴しているようだ。

津山再訪

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獲得研夏のセミナーに先立ち、8月3日から5日まで、津山市を再訪した。岡山県内の商業高校が参加する「マーケティング分野生徒対象研修会」のためだ。(上は、津山高校、下は4校連携の発表会)

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出会ったばかり生徒たちが、チームを組んで城西・城東地区のフィールドワークにでかけ、そこでえた情報を編集して、その日のうちに観光プランを発表する。この半即興プレゼンのコンセプトは去年と同じだ。

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ただ、今年が会場校となる槇野滋子先生(津山商業高校校長)の最終年度ということで、ひときわ力の入ったプログラムだった。

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おかげで、重要文化財になっている津山高校のホールで、市内4校の生徒たちが地域創生をテーマにつくった討論劇を観たり、鶴山公園で石垣の素晴らしい景色をじっくり味わったりできた。

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今年の特徴は、委員だけでなく各校の引率の先生たちが大活躍したことだ。猛暑のなかを生徒たちの取材に同行し、発表のコメンテーターの役も引き受けてくれた。

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ふり返りの時間が圧巻だった。半即興のプログラムにして、こんな深いところまで考えられるものなのか、と関係者一同仰天させられたのだ。居合わせた教師はみな、これこそが教師冥利だ、と感じたことだった。

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秋には今回参加した生徒たちが岡山市内で再会し、コンテスト形式で発表する。はたしてどんな成長を見せてくれるのか、いまから大いに楽しみである。

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東京の再会

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八面六臂の活躍というのだろう。一時帰国中の藤光由子先生(パリ日本文化会館日本語教育アドバイザー)のことだ。

今回の獲得研セミナーでは、午前中の全体会でご自身がコーディネートした「第1回全仏高校生日本語プレゼンテーション大会」について報告、午後の分科会「インタビューからプレゼンへ」でも、リソース・パーソンとして、自分史を語ってくださった。

北海道大学で国際政治学を学んでいた藤光さんが、日本語教育の大切さに気づくようになったきっかけ、中国からの留学生であった現在のご亭主・施さんとの出会い、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなどでの専門家としての仕事・・・、限られた時間ではあったが、起伏に富む人生の物語を率直に語って、参加者に強い印象を残した。

今春、パリで行われたプレゼン大会の詳細は、いまも日本文化会館のホームページで見ることができる。内容はもちろんのこと、影絵などさまざまな技法を使った各チームのグループ・プレゼンテーションは、発表スタイルの面でも見事なものだ。このプロジェクトひとつとっても、日本語教育にかける藤光先生の情熱の大きさと緻密さを推しはかるのに十分である。

http://www.mcjp.fr/ja/la-mcjp/actualites/1

藤光さん・施さん夫妻は、短い東京滞在の貴重な時間、そのかなりの部分を今回の発表準備に費やし、一陣の爽やかな風をセミナーに送って、パリに帰任したのだった。

第12回獲得研夏のセミナー終了

総勢100名を越す参加者が集い、大盛況のうちに12回目のセミナーが終了した。北海道から九州まで、全国各地から参加があり、なかにはメキシコや中国などから一時帰国中の方たちもいた。

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今年の参加者の特徴でいうと、なんといっても初参加の方の比重が高かったこと、またいろんな大学から学生・院生の参加があったことがあげられる。

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写真係として、8つの分科会をすべて見て回ったが、レンズ越しにも、いつもとは一味違う新鮮な空気感が感じられた。

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ただ、さすがに12回目のセミナーともなると、ごく自然に安心の空間が作られているようである。効果的なウォーミングアップのおかげで、ぎくしゃくした感じは少しもなく、初参加の方たちも実にのびのび振る舞っている。

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昨年もそうだったが、パーティーがはねても、会場でおしゃべりを続ける方たちがたくさんいた。立ち去りがたい思いが残るのだ。その光景がセミナー全体の雰囲気を象徴的している。

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「インタビューからプレゼンへ」など、新機軸の企画がたくさんあったことも含めて、獲得研の今後にとって大きな転機となるセミナーだったように思う。

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これからアンケートの結果やメンバーのふり返りの内容を持ち寄り、いろんな角度から総括作業を進めることになる。いま進行中の「獲得研シリーズ」第4巻の編集作業も含めて、夏休みにしかできない仕事をゆっくり楽しみたいと思う。

フランスの若者たちが演劇的プレゼンに挑戦

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月曜日に、国際交流基金本部のホールで、フランスの大学生たちが演劇的プレゼンに挑戦した。発表したのは、フランス全土から選ばれて、日本のものづくりや最先端の技術を見学した学生さんたち13人。

研修成果をニュースショ―形式で発表する、このスタイルが斬新に映ったようで、基金の関係者はもちろん、参観した企業関係者からも大好評だった。スライドを背に、キャスター、企業の関係者、訪問する学生など、いろんなキャラクターが登場する。

大日本印刷、資生堂、トヨタ、ガイアックスの4社のそれぞれの企業理念から生産ラインでの具体的な工夫までが、登場人物のセリフを通して語られたのだが、これが初挑戦とは思えない実に達者なもの、たった4時間で場面を作ったと聞いたが、メモを一切見ないで発表する学生もいたのには驚いた。(発表言語は英語)

パリから学生を引率してきたパリ日本文化会館の小島瑞希さんの指導よろしきを得た結果である。発表が終わってから、インタビューしてみたら、学生さんたち自身も大いに楽しんで取り組んだようだ。日本とフランスの企業文化の違いで気づいたのは何?という当方の質問に、日本の企業がそれぞれ資料館や博物館を整備して自社の歴史を大事にしていること、という答えが何人かから返ってきた。

パリの研修会で体験してもらった技法が、こうして早速活用される場面に遭遇するのは、私にとっても嬉しいことである。昨夏、パリ日本文化会館の内部を案内してくださった小林美帆子さんとの再会、これも嬉しいできごとだった。

パリ日本文化会館で研修会

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7月6日(木)、7日(金)の2日間、パリ日本文化会館で、国際交流基金が主催する「2017年度 欧州日本語教育研修会」の講師をつとめた。参加者は、欧州5か国(フランス、イギリス、ドイツ、オランダ、イタリア)の先生たちで、各国の大学で日本語を教えている方たちが主流である。

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会館の最上階にあるレセプションルームは、見晴らしがよく、ワークショップをするのに最適の空間である。ベランダから、エッフェル塔も間近にみえる。

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研修の共通テーマは、「異文化間リテラシー」×「アクティブ・ラーニング」×「学びの全身化」。6つの大きなセッションに、それぞれ講義とワークショップが入るかなりハードなプログラムになった。せっかくの機会とあって、「学びの共同化」を実感できるウォーミングアップ、教育プレゼンテーション、ドラマワークもたっぷり経験していただいた。

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セーヌ川をはさみ、シャイヨー宮を背にして発表準備をしている様子など見ていると、なるほどここはパリである。

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参加者の方々の意欲は相当なもので、すぐにも授業に取り入れたい、という意気込みがひしひしと伝わってくる。研修会の企画にあたった藤光由子先生(日本語教育アドバイザー)のコーディネート力の賜物である。

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予め3本の論文を読んでコメントを提出する、異文化間リテラシーを開発するための授業プランを提出するなど、事前課題をタップリこなしてから本番を迎えている。参加者の方から「反転学習の機会だった」というコメントがあったが、密度の濃い2日間は、永い助走期間があってはじめて実現したものだった。

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何しろ日本語指導の最前線で奮闘する方々ばかりである。発言の内容に、それぞれのお国柄や教育事情がおのずと反映されていて、私にとっても学ぶことが多く、なにより楽しい研修会だった。

中村哲さんの講演会―「本をたのしもう会」主催

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先週の土曜日に、三鷹公会堂で中村哲さんの講演会があった。開始に先立って、ペシャワール会がつくった「緑の大地計画」のビデオを映写室からみた。この「アフガニスタン用水路が運ぶ恵みと平和」(朗読:吉永小百合)の映像が凄い。

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荒廃し砂漠化した土地に、アフガン人スタッフと人力で27キロメートルに及ぶ農業用水路を建設、すでに16000ha以上の土地を緑の沃野に甦らせている。取水堰の技術は、中村さんの故郷大牟田で江戸時代から使われている堰の技術を応用したのだという。

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中村哲さんは、雄弁の人ではない。30年以上たゆまず続けている活動の圧倒的リアリティが、会場につめかけた聴衆の心に深く静かにしみこんでくる、そんなタイプの講演だった。

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講演の後に、澤地久枝さんとの対談があった。そこで澤地さんが、日本国内はこんなにもヒドイ政治状況なってしまっているが、中村さんのしている仕事のことを考えるたび、絶望するのはまだ早いと思えてくる、と語って会場から大きな拍手が起こった。澤地さんの発言は、私を含む多くの聴衆の思いでもあったようだ。

羅旭さんが秋田県庁に

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中国の大学で日本語を教えていた羅旭さんが、JETの国際交流員として秋田県庁に赴任した。相当な難関を乗り越えての就職だったようだ。

久しぶりにあった羅さんは、私の大学院のゼミ生だった頃と少しも変らない、爽やかな笑顔だった。

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待ち合わせた秋田県立美術館のあたりが、ちょうど「食と芸能大祭典」の会場になっていて、大賑わい。去年は、13万人の人出だったというが、秋田のどこにこんなに人がいたのか、というくらい混雑していた。(上は八郎潟の願人踊り、下は角館の山車)

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いくら日本語の達人とはいっても、新しい土地での新しい仕事、何かと気苦労があることだろう。ましてや羅さんは、人一倍思いやりがあり、気配りをする人である。

これから、どんどん遠慮なく周囲に相談して、ぜひ秋田で良いネットワークを築いていって欲しい、そう思ったことだった。